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『夜に誘うもの』(日野裕太郎・伊藤倭人)

【エロティックホラー短編集】
内容紹介

あちらの世界は甘くて残酷――官能的で幻想的な5つの物語。不思議な祭で出会った少女に導かれ…(「からすばのゆうずつ」)。黄泉の世界の住人の声が聞こえる和樹は…(「雨隠しの美し雫」)。吸血鬼に襲われた雪は、理性が壊滅するほどの快感を知り…(「夜に誘うもの」)。山奥の聖域で、大人たちは少女に…(「遊戯にはぜる淡い桃肌」)。愛する男に、あたしの手は届かない(「あたしの欲しいもの」)。夢かうつつか、妖しの者との恋物語。
内容(「BOOK」データベースより)

ひとはなぜ闇に魅せられるのだろう―官能的で幻想的な五つの物語。奇妙な祭で出会った少女に導かれ…(「からすばのゆうずつ」)。黄泉の世界の住人が見える和樹は…(「雨隠しの美し雫」)。吸血鬼に襲われた雪は、理性が崩壊するような快感を味わい…(「夜に誘うもの」)。山奥の聖域で男たちは少女に…(「遊戯にはぜる淡い桃肌」)。達生に近づくため、篤志に身を任せた藍子だったが…(「あたしの欲しいもの」)。
著者について

東京都出身、在住。3月11日生まれ。電機メーカーなどで勤務のかたわら、漫画家として活動。その後文芸同人誌や電子書籍にて小説の執筆、発表をする。ゲームと散歩、猫と戯れることを趣味に活動中。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)

日野/裕太郎
東京都出身。メーカーなどに勤務のかたわら、漫画家として活動。その後、文芸同人誌や電子書籍にて小説の執筆、発表をする(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

(Amazonの紹介ページより)

みんな気持ちいいっていうよ。吸われながらやられると、たまんないんだってさ。仕事の傍ら、亡父の親友である笠原神父を手伝って炊き出しのボランティアをしている雪。ひとりで無人のビルに入った彼女を、美しい青年の姿をした吸血鬼・緋柊が襲った

【ブログや掲示板で取り上げていただきました】

» ブクログ::夜に誘うもの::相沢泉見さんのレビュー
少し色っぽい、官能的なシーンを挟んだホラー短編集。 ・からすばのゆうずつ 烏の化け物は、人とおのれとの子孫を残したかったのか…? 人としての姿はとてもかわいい。この本の中で一番かわいい。

【サンプル】

 一志は夏の道を歩いていた。
 救いなのは道が舗装されていないことだ。輻射熱がないのは
田舎ならではの恩恵に思われた。しかし田舎ならではの恩恵は、
田舎ならではの建物の少なさで相殺される─日差しをさえぎる
建物が一切なく、一志は眉間から流れ落ちる汗を拭いながら歩
いた。
 
 なだらかな坂を越えると、乱立する手製の看板が見えて来た。
『地酒てんぐのお神酒ありマス』、『霊験あらたか天狗せんべ
い』、『天狗の木乃伊みいら!? アリマス』……云々。
 過疎化の進んだ村のさみしい田舎道にもかかわらず、看板だ
けがにぎやかだ。
 林業と農業とでは外からひとを呼ぶのは無理な話だ。観光地
にもならない田舎は、さびれるばかりだ。これといって主張で
きるものもなく、あるといえば、昔から土地に根づいている天
狗を崇めた民間信仰くらいのものである。
 一志はふと、あたりが白くけぶっている気がした。霧か。涼
しくなるかな、と期待する。こころなしか、空気がひんやりし
て来た。
 道の先に祖父母の住む村の駐在所が見えた。挨拶をして行こ

うと声をかけたが、応答がない。なかをうかがってみるが、ひ
との気配がなかった。駐在の一家は全員出払っているようだ。

 目をやると、軒先にお膳がしつらえてある。
 光沢のある朱塗りの膳に、様々な食べもの─焼き魚やみかん、
長ねぎ、佃煮、そして土が盛られていた。はじめて目にするも
のだった。
 お膳を訝しがる前に、周囲が濃霧に包まれていることに気づ
く。いつの間にここまでひどくなったのか、と一志はひどく驚
いていた。時刻はまだ夕方にさしかかるころ、半袖からむき出
しの腕が冷えていた。
 数歩先は乳白色の澱に閉ざされている。一志は慎重に進んだ。
 道なりに進めばそのうち祖父母の家に着く、と簡単に考えて
いた。
 霧の合間から顔を見せる民家を、何軒か行き過ごす。一志は
あたりが不自然なほどに静まり返っていることと、どの軒先に
も駐在所同様のお膳が鎮座していることに気づき─それらがや
けに気にかかった。
 一志は眼前の民家の玄関を開け、声をかけた。だが返答はな
かった。この地域では戸締まりの習慣がない。同様に何軒かの

ぞいてみたが、どの家ももぬけの殻になっていた。
 まさか、有事で避難勧告でも出ているのか、と道を進む足が
止まったときだった。
 
 ─……んばら、
 ─りゅうせ……めぐろうぞ、
 ─がはは、
 声が聞こえた。
 ほっと息をつく。
 ひとならいるではないか。相手の姿を見ようと、一志は目を
こらした。
 ─いかづち……うか、
 ─さぶろうどのはおもどりか、
 ─とらきちはおらぬか、
 濃霧にいくつもの気配が唐突に現れた。
 声も聞こえた。
 老いた声若い声、男女のものが入り交じる─楽しげに語らっ
ている気配は次第に増え、笑いさざめく声は徐々にはっきりし
て来た。
 無人ではなかったという安堵は、何故か生まれなかった。

 足場の不安定な高所から脚下に視線を巡らせるような不安感
があった。ぬぐえない警戒に呼吸が浅くなる。
 息を殺し、一志はじっと声のする方向を凝視した。身を隠す
場所がない事実に、落ち着かない気分にさせられる。警戒する
自分を笑う余裕がなかった。
 ゆら、と霧の一部が淡くなった。
 ゆら、と影が映る。
 いくつもの影が、まるで行列のように続いていた。
 こめかみから、冷たい汗が流れ落ちた。
 頭のどこかで警鐘が鳴っていた。
 ─……をんひらひらけん、そ……か、
 おどけた声がすると、大勢の笑い声が爆発するみたいに沸い
た。
 ゆらゆら、と霧が動く。
 先刻から一志は身動きできなくなっていた。
 ゆら、と霧の向こうで歩くものがいる。ゆらゆら、と霧の合
間から、影がその実を垣間見せる。
 ゆらゆらゆら、と─一志の目に映ったその姿は、尋常のもの
ではなかった。
 犬の貌かおを持つもの、鳥そのもののくちばしを持った貌の

もの、背に羽の生えたもの─人と鳥と犬が混在した姿。
 ひとならざるものが、人語を発する不思議が解せない──受
け入れられない。
 彼らの体格も様々だった。
 一志が頭上を軽くまたげそうなほど小柄なものがいる。また
それなりに背丈のある一志が、首をのけぞらせて見上げねばな
らないほど、大柄なものもいた。
 修験道の山伏に似た格好をしたものや、晴れがましい紋つき
袴を身に着けたもの、またあでやかな模様の和装の一団が─異
相ながら楽しげにしているのがわかった。山中を行く桃や空色、
もえぎのうちかけのあざやかな色は、浮き世離れした美しさだ。
続くのは黒地に大輪の花があしらわれた振り袖姿のもので、そ
れを見て一団に男女の区別があるのだ、と一志は驚いた。
 いずれにしても時代錯誤な装いで、質の悪い冗談のようだ。
 
(見つかったら俺、食われる……?)
 自分がこの悪夢めいた状況から、無事日常に戻る方法を考え
る。
 気づかないうちに、一志はゆっくりと歩を後退させていた。
すり足でゆっくり動く。呼吸を止め、悟られないように。汗を

吸ったシャツが重く感じられた。
 生まれてはじめて、一志は神仏にすがりつきたい心持ちにな
っていた。すっかり気持ちがくじけている。
 かかとがなにかに当たった。
 かつん、と障害物が立てる軽い音─がちゃがちゃと食器のぶ
つかる音。全身が耳になったいまの状況では、恐ろしいほどの
騒音だった。確認せずとも、それがさっき軒下で見たお膳だと
わかった。
 頼む、と心中で叫んだ。気がつかないでくれ、逃がしてくれ、
と。
 短く浅い、忙しなくなった呼吸のなか、もよおす吐き気を必
死でこらえた。
 一志は白い澱を見つめていた。
 霧の合間で烏の貌をした化生が一志を見ている。
 橙の直衣をまとった姿は冗談めいて面白いが、いまの一志に
は笑えるはずもない。
 
 目が合った。
 まさしく─目が合った。
 円形の目がまっすぐに見すえて来る。感情はうかがえない。

きょとんとした鳥類の表情のまま、指差すかたちに手が差し上
げられた。
 食いものがあるぞ、といわれた気がした。
(食われる!)
 悲鳴を上げまいと、とっさに手で口をふさぎ、一志は走り出
した。
 肩にかけていたナップザックをふり落とし、かえりみること
なく一志は走った。
 逃げこんだ家も無人だった。
 茶の間の箪笥と壁の隙間に身を埋め、かたむけたちゃぶ台を
盾にして息をひそめる。
 冷えた身体からいやな汗がふき出す。
 玄関からがたがたと音がしていた。
(みんな食われたのかな……)
 ひた、と廊下を歩く軽い音がした。心臓が跳ね、全身が脈打
つ。
 ひたひたひた、と茶の間に近づいて来る。武器もなにもなく、
一志は混乱のあまり頭が真っ白になった。ちゃぶ台にしがみつ
き、まぶたをきつく閉じた。
 茶の間の戸が開いた音がした。

 
「……なにしてるの?」
 やわらかく、うかがう─予想外の声に目を開ける。
「隠れてるつもりみたいだけど……丸見えだよ」
 淡い水色の地にあざやかな紅の金魚模様の浴衣を着た少女が、
一志のナップザックを持って立っていた。小さな頭をかたむけ、
丸い澄んだ目で一志を見ている。
「大丈夫?」
 言葉も思考も空回りし、声もなく動けもしない。
 少女がちゃぶ台を片づける姿をただ眺める。肩紐をにぎらせ
られナップザックを持つよう少女にうながされても、一志はさ
れるがままになっていた。
 そんな一志に思考能力を取り戻させたのは、かすかに触れた
少女の手の温かさだった。
「具合悪いの?」
「あの……アレ、見た?」
 小首をかしげたままの少女に膝でにじり寄ると、一志はささ
やき声でいう。少女と自分がここにいると、おもてのやつらに
微塵も知られてはならない。そう思う一志の前で、少女は遠慮
ない大きな声を出した。

「アレって?」
「ちょ、ちょっと、声、もうちょっと小さくして─その、変な
格好したやつら……なんだけど」
 少女を前にしていると、さっき自分が見たものが、すべて幻
覚に思えて来た。
「お祭りのこと?」
 不思議そうに自分を見返す瞳に、思考が一瞬停止した。
 そうか、と合点が行くと、一志の顔は火が噴くみたいに赤面
する。
「祭り……?」
 目に涙が浮かんだ。脳裏の化けものの群れ─仮装行列、とい
う言葉が、指差して自分を笑っているように感じた。
 少女は祭りは百年に一度の秘儀なのだといい、外部のものの
立ち入りは歓迎できないという旨を、一志の目をのぞきこみ説
明した。一志の混乱を知ってか知らずか、子供にいい聞かせる
ような口調だ。少女からはかすかな芳香が漂って来ていた。
「連絡もしないで来ちゃったから……そっか、祭りかぁ」
 安堵すると、腹の底から笑いがこみ上げた。じっと一志を見
つめる少女の前でひとしきり笑うと、次に気恥ずかしさが訪れ
る。

「荷物、わざわざ持って来てくれてありがとう。俺、倉部一志
っていうんだけど」
 目を逸らすには、ナップザックの存在はちょうどよかった。
「くらべ?」
「うん。じいちゃんたちがこの先に住んでるんだ。知ってる?」















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