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『いなくていいよ』(日野裕太郎)

判型:文庫版 コピー 32ページ 頒布価格:100円

簡単に浮気し、簡単に謝罪し、簡単に戻ってくる恋人との関係。
彼とのいる自分への疑問。
崩れる関係を前に、恋人と暗い部屋で夜を過ごす。

【カテゴリ】

短編 | 現代 | 恋愛 | シリアス | 読みきり

【サンプル】

  達樹は特別だ。
 はじめて真央が、肛門だってなめていいと思った相手だった。
 実際なめた。
 そこまでできるほど特別な相手だが、真央は別れようと思っ
ている。別れを意識するあまり、真央は自分の眉間にしわが入
っているのを自覚していた。
 すっぱだかで部屋を歩き回る尻を横目に、真央はあくびをす
る。
 筋肉質な身体をしているくせに、生白い尻がぷるぷる揺れて
いた。ホテルの壁の大きな鏡、そこでは生白い尻以上の揺れっ
ぷりで、だらりとした陰茎が揺れていた。
 警戒心のない無様な姿に、真央は別れ話をする機会をはかり
かねている。
「なあ、ビール飲んでいい?」
「うーん」
 生返事をする。
 好きに飲めばいいじゃない、ビールくらい。潰れるまで飲ん
だって、怒らないよ。
 自然ときつくなっていく真央の視線をものともせず、達樹は
ちいさな冷蔵庫から取り出したビールを飲みはじめる。

 息をつく間もなく飲み干されるビールは、とてもうまそうだ
った。
 達樹ははだかのまま、ラブホテルの室内をうろついている。
 部屋に備えつけのゲーム機を漁りはじめたとき、達樹の携帯
電話が鳴った。軽快なメロディで、どこだかのアイドルのヒッ
ト曲だ。
 着信音に反応した達樹の背中を見るともなしにながめながら、
真央はベッドに入ったままたばこに火を着けた。
 出ればいいじゃない、新しい女からの連絡でしょ──真央は
長い紫煙を吐き出す。
 ワンフレーズ分メロディを奏で、携帯電話は沈黙した。たっ
たワンフレーズなのに聞き覚えがあるのだから、ヒット曲とい
うのはたいしたものだ。顔も思い出せないアイドルに感心しな
がら、真央は煙を吐く。
「いいよ」
「なにが」
 ベッドサイドに脱ぎ散らかしてある服の下から、達樹のスー
ツのズボンを引っ張り出す。さっきここから着信メロディは聞
こえていた。
 あわてた様子で駆けつける達樹の陰茎が右に左に大きく揺れ

て、真央は吹き出しそうになるのをこらえた。
「電話なんていいって」
 引ったくるようにして、達樹はズボンを真央から奪う。
「急用だったらどうすんの。……私だったらいいから、かけ直
しなよ」
「いいって。しつこいな。着信の曲でわかるから、急用じゃな
いよ」
「私にもビール取って」
 ジーンズをしっかり抱えた達樹は、自分の分のビールも確保
して戻ってきた。
 ベッドに腰を下ろし、ならんで缶ビールをあおる。ガウンの
安っぽい生地の肌ざわりが、なんだかむずがゆい。
 げっぷが出そうになるのを、真央はこらえた。ラブホテルの
しぼられた照明の下、真央は自分が何故ここにいるのかわから
なくなった。
 ──一泊するくらいなら、タクシーで帰った方が安い。
 ──冷えておいしいと思っていたビールも、割高すぎる代金
を思うと、とたんに味がしなくなる。
 ──連日の残業続きのなか、ひさしぶりに湯船につかったら、
よけいに疲れが増してセックスどころではなくなった。

 ──そもそも。
 達樹は落ち着きなく動きまわり、今度は冷蔵庫のこまかいし
きりから、つまみを取り出している。
 ──自分が達樹の恋人かどうかわからない。
















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