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『誰もほめてくれません。』(日野裕太郎)

判型:文庫版 コピー 20ページ 頒布価格:100円

サドル(仮名)は通り魔である。

衝動のまま犯行をくり返す日々、
逮捕された後のことを考えることもある。

ある日遅れて出勤すると
警官が職場に出入りするところに
出くわして――

【カテゴリ】

短編 | 犯罪

【サンプル】

  サドルはなじむことができない。
 昔から。
 物心がついたころから。
 運動は苦手だったものの、成績もよく、つねに笑顔を絶やさ
ず、上級生に気軽に話しかけられ、同級生の輪ではつねに中心
におり、下級生に頼られ、親類縁者どころか近所の住人の覚え
も目出度い十代だった。
 だからこそか、サドルは自分はなじめないのだ、とはやい段
階からよく理解していた。
 それは自然な動きとおなじものだ。
 風に吹かれて砂つぶてが顔を打ったなら、手で目元をかばう
なり、目を細めるなりする。ふとした拍子に見上げた空、日差
しがまぶしければ、手でひさしをつくるなりする。
 そういった自然さと似たものだ。
 自然な気持ちで、サドルはひとを殺したい。
 衝動というにはあまりにも静かで、しかしサドルはそれをと
どめる術を持たない。持とうとしたこともない。
 警察に捕まるのはいやだった。
 捕まってしまったら、そこで誰かを殺すことができなくなる。
 中学生までのサドルは、なかなか人間相手に衝動をぶつける

ことができなかった。知識も資金に不足していたのだ。サドル
は運動部に所属し、ハードな練習のなか衝動を昇華させて過ご
した。
 めでたいかな、アルバイトに精を出すことのできるようにな
った高校生以降、サドルは小遣い以外の資金を得るようになっ
た。
 サドルは遠くに出かけた。
 ふらりと、ひとの多い町を選んで歩いた。
 新しい建物がたくさん建つ、昔ながらの老舗などがもてはや
される区画。新参者の多い土地。
 あちらの町で調達した刃物を、こちらの町でふるう。
 あちらの町で調達したレンチを、こちらの町でふるう。
 サドルは通り魔である。
 立派な通り魔だ。
 徘徊はしない。サドルは通り過ぎる。すれ違う相手との距離
や周囲の人影や静けさに気を配り、殺めるチャンスがあれば、
そのときにだけ殺す。
 怨嗟も執着もない。
 しかし迷わず殺め、脇目も振らず町をあとにする。
 実行した夜の眠りは健やかだ。

 大学生になってもそれは続き、社会人になっても飽くことな
く殺め続けた。
 軽装になる夏場は控え、それ以外は月に大体ふたりくらい。
 しかし歳を食ってくると、いいかげんまずいかな、と思いは
じめる。
 社会に出ると、責任というものが生じるものだと自覚した。
 厄介なのだ。
 サドルが逮捕でもされたら、あちこちに飛び火する。
 親兄弟親戚どころか、住んでいる賃貸アパート、その周辺の
地価、勤め先の会社の評判、採用した人事部の責――様々なも
のが気にかかるようになる。
 これがおとなになることか、とサドルは何度かしたり顔をし
たものだった。
 様々なものを気にかけながら砕く、見知らぬ誰かの頭骨。
 成長し三十路を手前に控えても、サドルは通り魔であり続け
ている。
 秋も深まったその夜、温かい布団のなかで、サドルは利き手
である右手を軽く動かしていた。
 今日の午後、通りすがった相手の頭を、振り向きざまにかち
割った。そのときに手首を傷めてしまったらしく、手を動かす

と鋭い痛みが走るのだ。
 これから厚着になり、暗くなる時間もはやまる絶好の季節な
のだ。怪我はきちんと治しておきたい。
 しばらくは鈍器集めでもがんばるか、と患部をゆっくり動か
して痛みを確認する。
 ひとつの道具を使って殺めるのはひとり、と決めている。
 使ったら、遠くで捨てる。手元には絶対残さない。
 サドルはテレビや雑誌などによく目を通す。
 全国に出没する通り魔殺人鬼として、幾度もサドルは話題に
なっていた。案外捜査の手がのびてきているかもしれない。
 もっと使った道具の処理に気を遣った方がいいだろうか、と
その考えが頭をよぎってたところで、サドルは眠りに落ちてい
た。
 






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