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『夏がいき、風ばかり熱い』(日野裕太郎)

判型:文庫版 オンデマンド 88ページ 頒布価格:400円

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人間の遺伝子と動物の遺伝子を
かけ合わせた生命体――リリエンス
それに人権はなく、器物として扱われる

猫のリリエンスを愛した男がいた
致命的な疾患により、臓器移植を必要とする娘がいた
娘の臓器移植のためリリエンスの生命を買った夫婦がいた

誰かの生命の上に成り立つ自分の未来に娘は葛藤する

犠牲の先にあるものに向かって
男と娘は少しずつ近づいていた

【カテゴリ】

短編 | エンターテイメント | SF | 中編 | 家族

【サンプル】

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 ニュースの時間です──見目麗しい女性アナウンサーが、よ
どみなくニュースを読み上げる。
 株価、異国で起こった内乱、政治家のスキャンダル。
 どのニュースも、波乱にチューニングされた事件だ。そのど
れにも心が動かない。チャンネルが変えられた。リモコンをに
ぎる手は白く、ほそい。
 次々と変えられるチャンネル、それはバラエティ番組の騒々
しい騒音で止まった。
 視聴者が番組司会者に相談を持ちかけている。
 番組テロップは白に赤い縁取り──『リリエンスと夫が不倫
!?』
 獣姦やアブノーマル、禁断の恋路などといった誠意のない単
語が、派手派手しい書体で画面上を点滅しながら踊る。厚みの
ない大きなモニター、そなえつけのスピーカーから、どっとは
やし立てるような下品な笑い声が放たれた。
 彼女から表情が消えている。
 番組では、相談者が電話で話している内容がスタジオに流さ
れていた。司会者とゲストたちが一般視聴者の相談を受けるス

タンスのもので、中高年の主婦層に人気のある番組である。
 伴侶が自宅飼いのリリエンスと、どうやら肉体関係にあるよ
うだ、と女性のヒステリックな声が訴えている。動揺を隠しき
れない相談者の声に、番組司会者が煽るようなコメントをくり
出す。
 リリエンスは半世紀ほど前に生産が開始された、人間の遺伝
子をもとにしてつくられた亜人──クローン体の商品名だ。
 人間のみならず、家畜の遺伝子も組みこまれている。どのラ
インナップも高価だ。相談者は、自宅のものは牛のリリエンス
だという。身体が頑丈で、力が強い。そして従順な気性が売り
になっている。
 角のあるけだものが、と叫ぶ相談者の声は、怒りに彩られて
いた。飼ってやってるのに、と続く。自宅で飼う認可にも金が
かかる。相談者の家庭の収入は、人並みならない額だと想像で
きた。
 彼女は忙しない動きで、手にしたグラスを揺らす。氷が涼し
い音を立てる。彼女の柳眉が眉間にしわを寄せていた。
「家畜相手なんだから浮気だなんて思わずに、いっそ奥さんも
もう一匹飼って楽しんでみたらどうです」
『いやです、汚らわしいあんなけだもの!』

「けだものと遊んでる旦那さんが聞いたら、さぞ悲しまれます
よ」
 どっと笑うスタジオの観客の声。
 聞いていて不快になる番組の流れと、笑う声、嗤う声。
 楽しくない番組を消そうとリモコンに手をのばすと、彼女が
にぎっていたグラスをモニターに投げつけた。
 クリスタルグラスは砕け、ソーダと氷が飛び散った。
 モニターが一瞬でびしょぬれになる。
 つかみどころのない、ぼつぼつと不平めいた音を出し、それ
きりスピーカーが沈黙する。液晶テレビの台もぬれ、下に収納
してあったレコーダーにソーダがしたたっている。あの様子で
はもう駄目だな──あわてて拭く気にならず、僕はため息を飲
み、彼女の肩を抱いた。
 彼女は泣いていた──そして怒っていた。
 彼女の頭には、一対の耳がある。人間のものではない。やわ
らかい黒髪とおなじ質の毛が生えた大きな耳は、猫のものだ。
人間のそれがあるべき場所には、退化した名残の、やわらかい
ひだめいたものがあるのみ。
 彼女は猫の遺伝子を持つリリエンスだ。
 機微に富んだ性格、高い知能、人間との距離を取る感覚──

猫のリリエンスは慰安を目的とした商品だ。
 怒りながら泣く彼女を抱きしめる。抵抗はなかった。預けて
来る体重は軽く、背中にまわした腕はあまる。
「こんなの、やだよ、カイ」
 うん、と同意した。
「こんなこと、やだ」
 うん、と彼女を抱きしめる力を強くした。
 リリエンスは消費される。高額商品であり、器物だった。
 彼らリリエンスには、意思も個体差もある。それこそ人間と
おなじように。そして彼らは等しく管理され、消費され、遺棄
される。
「カイ、もう終わりにしたいよ」
 語尾は涙声になっていた。
 そうだね、ナツ。
 僕はそうこたえながら、彼女の髪に顔をうずめた。
 彼女は僕の父が十年ほど前に買って来た。
 母は亡く、ひとりになりがちな性格の僕のために、と家に腰
を落ち着けることのない父からの贈りものだった。
 リリエンスを受け入れる学校はないが、級友たちより彼女は
賢い。

 リリエンスを隣人として受け入れる地域はないが、僕たちは
一緒に育ったこの家のなか、寄りそって過ごしていた。
 彼女は僕の恋人だった。ひとによっては気味が悪いと称する、
明るさで変化する虹彩も好ましく映る。気まぐれだが芯がある。
彼女のなにもかもがよい傾向に見えた。
 彼女と暮らす──暮らし続ける基盤が欲しい。
 猫のリリエンスと暮らしていると知れば、周囲は色眼鏡で見
る。慰撫のため、というキャッチフレーズに卑猥なものを交え
るのが、猫のリリエンスの常だ。
 多聞にもれず、僕とナツもそういう関係だ。ただ僕は彼女を
愛している。彼女と離れるつもりはない。
 彼女はリリエンスの立場を憂いていた。現状に憤りを感じて
いた。変化を切望していた。意思を現実で行使する必要性を訴
えていた。
 僕は彼女に賛同し、院生のかたわらできる限りのことをしよ
うと動いていた──親の庇護にある自覚もなしに。
 
 
 ナツが死んだのは、卒院をひかえた、春にしてはやけに寒い
日だった。

 父が唐突に帰宅したのだ。
 父は寄り添っていた僕とナツの関係を、正しく──誤解を交
えず理解した。
 ナツは父に射殺された。
 頭を吹き飛ばされたナツは、清掃局が片づけた。
 














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