駄文の王様 > 日野 裕太郎/さつきの本 > 骨網さんはいつも忙しい

image

『骨網さんはいつも忙しい』(日野裕太郎)

判型:文庫版 オンデマンド 132ページ 頒布価格:500円

鬼が統治する園に暮らす雛たち
その世話役をする骨網は
鬼が不在のある日
闖入者の対応をすることになり……。

オリエンタルファンタジー中編。

【カテゴリ】

ファンタジー | オリエンタル | 和風 | 人外 | 別離

【サンプル】

      1
 
 白魚が消えて、すでにひとつきが経過していた。
 もともと、ふらりといなくなる子だった。
 心配の声が上がるが見つからない。心配で心配でそわそわし
ていると、ふらりと戻ってくる。
 今回もきっとそうだ。
 きっとまた、ふらりと戻ってくる。
 いつもそうだ。みんなそう思っているのだろう。
 しかし骨網は不安だった。
 いなくなる直前、白魚の様子がおかしかった。どこか思い詰
めたようで、だが浮かれていた。あれがなんの予兆なのか、骨
網にはわからない。だが白魚はおかしくなっていたのだと、そ
れだけは声を大にしていうことができる。それをうまく言葉に
できず、また訴えられる相手がいなかっただけだ。
 どうにか白魚を追跡することはできないか。失せもの探しで
有名な占術師を頼ろうかとも考えたが、周囲の安穏とした声に
しりごみしてしまった。
 骨網は閉ざされた園で世話役をしている。
 骨網は指名を受けて公職に就いた。占術師を頼るなら、遠方

に出ていかなければならない。
 世話役の務めは代理が立てられず、結局出かけていくことは
できなかった。
「帰ってきてくれりゃあいいんだがね」
 骨網は草履に足を突っこみつつ、ため息交じりの短い笑いを
落した。
 白魚のことが気がかりで、考え方はやけに悲嘆に暮れたりひ
ねくれたりしたものにかたむきがちだった。
 ―こんなときは、無邪気な声を聞くに限る。
 指名だの公職だのといっても、それはたんなる雛の世話と話
し相手だ。
 ちょっと掃除の手間がかかったり、元気すぎる雛たちに振り
まわされるだけ。
 楽しいおかげで、疲れることはあってもうんざりはしない。
「ちょっといってくるよ」
 どこへ、という問いかけはなかった。
 当然だ、ほかに誰もいない。
 いつも返事をくれたのは白魚だ。
 いまはいない。
 それでもつい口から出てしまう。

 戸を開けおもてに足を踏み出そうとしたとき、離れたところ
から声がかかった。
「髭!」
 雛だ。
 骨網を髭と呼ぶのは園に暮らす雛だけである。園を出て骨網
の家を訪れるなど、起きていいことではなかった。
「なんだ、どうしたの!」
「髭、大変!」
 雛はひとりではなかった。
 五人もの雛があわてた様子で駆けてくる。
「な、なにかあったの!?」
 いたずらの様子は見受けられない。どの雛も血相を変えてい
る。
「木の葉が落ちてくるの!」
「大変、きて!」
 骨網は首をかしげる。
「空から落ちてるの、木の葉なの!」
「見て、きて、ねえ!」
 血相を変えてはいるが、骨網の考えるような一大事ではない
ようだ―たぶん。

 足踏みをしながら招く雛たちに、骨網はあわてて着いていく。
  どの子も足がはやい。今朝から大福を堪能した骨網の足は、
駆け出してほどなくして持ち上がらなくなっていた。ふうふう
荒い息を吐き、骨網は園の様子を思って気を引き締める。
 目指す園では、統治者である花鬼が逝ったばかりだ。
 いま雛たちの庇護者がいない―それは園が危険にさらされる
という意味ではない。園で暮らす雛たちが好き勝手をし、みず
からを危険にさらしかねない、という意味だ。
 雛の数は総勢十五ほど。
 そのなかに年嵩の雛がいる。ようやく育った雛だ。生き存え
た分だけ賢く、分別を持っている―あの子はどうした。鬼のほ
かに雛たちが素直にいうことを聞く相手は、年嵩の雛だけだ。

 外に出ることは許されないはずの雛たちが、血相を変えて迎
えにきたのだ。くわしい事情をいますぐ聞き出したいが、それ
どころではなさそうだった。雛たちの狼狽に、骨網も引きずら
れつつある。
「髭、はやく走って!」
 肩越しに振り返った雛が、骨網に厳しい声を発した。
 そうはいうけどもう息が、と返したい骨網の口からは、「ひ

いい」と高い音が出ていた。
 呼吸をするのがやっとで、雛に必死に着いていく。
 骨網の視界、自身のほおにある長い蔓のような髭が大きくし
なり、あがくように振りまわされていた。
 
 
 園は鬼が取り仕切る。
 四方を山に囲まれ、山の先にはなにもないらしい。足を運ん
だものがなく、運んだこともないのでわからない。運ぶ必要も
感じていなかった。
 いくつか柳の木が植えられており、そこからだけ園に出入り
ができた。
 いまの季節は花鬼が逝き、次の雨鬼が生るのを待つ時期であ
る。
 雨鬼のあとには骨鬼が生り、骨鬼のあとには長鬼が生る。
 循環する統治者の死と再生の間、雛たちははしゃぎまわって
遊び呆ける。
 この時期が骨網は好きだった。統治する鬼のいない間だけ、
雛たちはただの子供のようになる。
 鬼は唯一無二であり、姿が変わっても本質はおなじ―らしい

 姿を変えながら、鬼と雛たちは暮らしている。
 柳の枝の影からどすんと入りこんだ骨網は、いっそ冷えるよ
うな清々しい空気を胸に吸いこむ。
 一度足を止めて呼吸を整えようとしたもののが、先を急ぐ雛
たちに急き立てられてままならなかった。
「髭、はやく!」
「わ、わかった! わかったから!」
 雛たちの足は依然はやく、もう着いていけるとも思わないが、
呼びにきたのだから急がねばならない。
 先日逝った花鬼の顔を思い起こし、骨網は足に力をこめて前
に進む。
「みな、滋養を蓄えるように」
 そういって目を閉じた花鬼は、生前と大差ないように見えて
いた。
 そのまぶたにするすると水滴が盛り上がっていき、鬼から生
じた水は勢いを増していった。
 それは水溜まりとなり池となり―花鬼の亡骸が沈んでいく。
 鬼が逝くところに立ち会うなどはじめてのことで、骨網は口
を手で覆って声をおさえていた。
 沈んでいく花鬼が、すでに息をしていなかったのはわかって

いたし、みずからの水で沈むことも知識として知っていた。し
かし目にするのははじめてで、大きな衝撃を受けたものだった。
 衝撃を受けた骨網とは対称的に、そのとき雛たちは歓声を上
げ、花鬼から―湧き出す水から、逃げるようにして離れていっ
ていた。
 雛たちは死に慣れている。
 花鬼の横たわっていた盆地に水が溢れ、逃げ遅れた骨網は溺
れそうになった。
 水の増す勢いははやく、用意していた小舟を漕ぎ出した雛の
おかげで生命を拾ったと嘆息した―そして自分が水の一族だと
あとから思い出した始末だ。泳ぎは達者なはずなのに、手足が
動いてくれなかったのだ。
 あわてるとろくなことがない、その典型だと思い知らされた。
 くだんの大きな水溜まりが、右手の先に見える。
 あそこに花鬼は眠っている。
 いはま晴天続きだが、もうじき雨期がくる。
 花鬼が逝って、園に流星雨が五度六度と降り注ぐと雨期にな
る。そのころに水溜まり―花鬼の墓所である池から、雨鬼が顕
れるのだ。
 雨鬼が生るのである。

 花鬼の次代の鬼が生るまで、園の雛たちはまったくの無防備
である。園は安全で天敵がない、雛たちはそう考えている節が
ある。
 だがそれはまったくの錯覚で、つねに園は鬼によって守られ
ているのだ―とはいえ、骨網はなにかが園に入りこんだ、など
という話を聞いたことがない。それが鬼の功績であるのかも、
判然としない。
 かれこれ三十年ほど世話役を務めるが、ただの一度も雛たち
が害されたことはなかった。
 異常は万一にも起きてはならないことで、起こりもしない記
憶にもない事態に備えていられたらそれでいいのだ。
 なのに、雛たちがおもてにまで呼びに走った。
 なにか起きたのか。
 ふうふういいながら走り、呼ばれ走り出したはいいが、雛た
ちのいさかいかなにかだろう、と考えている。
 十五人の雛たちは、ときどき派手な喧嘩をすることがあった。
 鬼は調停役に向かず、喧嘩の収集がつかなくなるのだ。雛の
なかにも大きなものがいるが、その子は停めに入ろうともしな
い。
 そして困った雛の何人かが、今日のように骨網を呼びにくる

 喧嘩のほかは、過去に屋根から下りられなくなった雛の助け
が必要で呼ばれ、縁の下に入りこんだ雛が出られなくなって助
けが必要で呼ばれ、うっかり井戸に落ちた雛の助けが必要で呼
ばれた。
 雛たちは、ようするにいたずらっ子の集団なのだ。
 いったい今日はなにをしたのか。
 木の葉うんぬんと口にしていたから、木登りでもしてなにか
あったのだろう。
 水溜まりの先、雛たちがたむろしている姿があった。
 円を描いた雛たちが、中央にあるなにかに顔を向けている。
 骨網はまさかそこに、ほんとうに闖入者があるとは思っても
いなかった。








» 日野裕太郎作品レビュー

Amazonのレビューやtwitterでいただいた感想、とりあげていただいたブログ記事などの一覧です