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『きれいで汚い箱の底』(日野裕太郎・ハルノブ)

判型:文庫版 オンデマンド 88ページ 頒布価格:500円

一抱えほどの、木でできた箱

二十人の友達が消えていったその箱を
チョー・チョーはずっとそばで
見守っている

気がつくと視界のはしに現れているその箱から
少年ふたりは逃げ惑っている

火にも燃えず
忌まわしい文字を内に抱えた箱は
すぐ近くにたたずむばかり
大切なものを守りたいひとびとを
箱は迷いなく飲みこんでいく――

【カテゴリ】

ホラー | 奇譚 | 短編 | 怪談 | 不思議

【サンプル】

 以下、「きれいで汚い箱の底」抜粋
 
 
        1
 
 子供たちが箱にとらわれてから、すでに五年が経過していた。
 
 
 その白い箱は、花やおもちゃに囲まれている。
 ふだんは沈黙し、静かにそこにたたずむのみの箱であるが、
声や音が聞こえることがままあった。
 それをまるでこちらに向かって呼びかけているかのようだ―
そう喜ぶ声が上がった。
 だからみな、箱に向かって呼びかけ続けているのだ。
 ときおり箱から、なにかしら聞こえてくる。
 なおも呼びかける。
 成り立たない声の応酬でしかなかったが、それは呼びかけた
ものにしてみれば、たしかに応じる声だった。
 白いテーブルに乗せられた箱は、まるでなにかの棺桶のよう
に映る。

 まわりの花やおもちゃが手向けのようだ。
 箱から声が聞こえるときなど、ふっと周囲の花が話している
ような錯覚も起こる眺めである。
 つい最近聞こえた声は、はっきりとした文になっていたそう
だ。
 それがどんな言葉だったのか、チョー・チョーは教えてもら
えなかった。
 たくさんの子供たちが箱に入っていくなか、チョー・チョー
はひとりそこに入らなかった。チョー・チョーはいま親たちか
ら背を向けられている。いまチョー・チョーは、疎外される存
在となっていた。
 箱に呼びかけ続けるのは、我が子がそのなかに入ってしまっ
た親たちだ。
 声であり文になっていたなら、それは子供たちが帰ってくる
きざしなのでは―おとなたちの疲れた顔に、明るいものが差し
こむのをチョー・チョーは見守っていた。
 自分も聞きたい、とおとなたちは続々と箱に押しかける。
 ―我が子の声を聞きたい、と。
 声が聞こえてくるという事実は、彼らの胸にある希望をかき
立てるのだろう。

 その一抱えほどの木の箱を囲み、それぞれの親たちが口々に
呼びかける姿は昼夜を問わない。
 呼びかけ続ける。
 名を呼び、状態を尋ね、さみしさを訴える。
 希望がどれほどかき立てられるといっても、それは取りすが
るには脆弱なものだろう。わっと泣き伏すものもいれば、悲鳴
を上げて卒倒するものもいる。日参したものが、急に何日も現
れなくなったりもする。
 それでも、嘆願の薄布は幾重にも箱に重なり続けた。
 はたで聞くチョー・チョーの耳には、瀕死の言葉が連ねられ
ていくように響き、ときに胸が重苦しくなってしまう。
 どうあっても外からは開かない箱の前でひざを折り、おとな
たちはいつまでも懇願し続ける。
 チョー・チョーは彼らが滞在していようがいまいが、箱のま
わりを掃除して過ごしている。
 それがチョー・チョーの仕事である。
 五年前、みんなでとある施設の見学にきていた。
 案内人を呼ぶために教師が席を外し、そしてそこに箱があっ
た。なかに入ろうと誰がいい出したかは覚えていない。次々と
子供たちは箱に入っていき、しかし誘われてもチョー・チョー

は拒んでいた。
 異常事態とも気がつかれることもないまま、箱の前に呆然と
たたずむチョー・チョーに「みんなどこにいったの?」と引率
の教師が尋ねた。全員がおなじ部屋にいるはずだった。しかし
展示されていた機械とチョー・チョーと箱。それだけが部屋に
あった。矢先、チョー・チョーは倒れ、気がつけば病院のベッ
ドで―そのときには、子供たちが消えたと騒動になっていた。

 箱にみんなが入っていったのだ。
 その蒙昧な子供の戯言が受け入れられたのは、監視カメラに
しっかりと映像が残されていたからだ。
 ひどい騒動になった。
 落ち着いて暮らせるようになるのに、箱の前でひとりになっ
てから丸々二年かかった。
 チョー・チョーは生き証人だが、なにも覚えていないとくり
返すだけだった。
 多くを語れるはずがなく、監視カメラに映ったもののほうが
雄弁だっただろう。
 その箱がいつからそこにあったのか誰も知らず、箱の開け方
も誰も知らず、どうやって二十人近い子供がなかに入れたのわ

からず、見た目が異国の葬儀用品に似ていると分別のない意見
が届いたころ、なかから声が聞こえるという発見があった。
 子供たちの失踪から、丸々三年が経っていた。
 失踪事件以降、箱に親たちが詰めかけるようになる前から、
チョー・チョーはひとから隔離されて暮らしていた。
 そうせざるを得なかった―どこにいっても、ひとり箱に入ら
なかったチョー・チョーに質問の矢が浴びせかけられた。
 ひとたび報道されると、世間の注目を集めるようになってい
た。
 どこからか映像が流出し、衆目にさらされた。
 それは事件であり怪異であり、ひとびとの目は遠慮なくチョ
ー・チョーを追いまわした。なかにはチョー・チョーこそが事
件の原因なのだと、悪し様にいうものもいた。
 それをあわれんだおとなのひとりが、チョー・チョーにとあ
る施設の清掃の仕事を斡旋してくれた。
 そこはくだんの箱が安置されている建物で、特定のパスを持
つものだけが出入りできる。おおやけに向けて開かれていない
場所だった。
 箱は親たちにすれば我が子の消えた忌まわしい現場で、しか
し我が子が軟禁された緊要な部屋であり、貴重なものだった。


 だがほかの人間たちにすれば、得体の知れない近寄りたくな
いものでしかない。もう箱の所在を知りたがる声も聞かないそ
うだ。
 清掃人としてそこにいるが、箱の管理人のようにもなってい
た。
 チョー・チョーはつねに箱の近くにいて、住まいもおなじ建
物にあてがわれた。
 毎日箱の安置された部屋を清掃し、施設内にある食堂などを
利用する。そこは科学者たちが働く場所で、みな忙しく、誰も
チョー・チョーを執拗に構うことはなかった。
 一室が提供され、そこに箱を中心とした奇態ができ上がって
いる。
 施設がなぜそれを許すのか最初はわからなかったが、これら
を箱に対する刺激なのだ、とチョー・チョーは解釈していた。

 刺激によってどんな反応をしめすか、それを施設は知りたい
のではないか―チョー・チョーが周囲に立ち、親たちが訪れる
ことが許さる。
 それがどういった刺激になるのか、チョー・チョーにはわか

らない。
 だが施設にいる頭のいいおとなたちが、それを刺激だと認め
るなら、きっとそうなのだろう。
 そうすることでいつか解明できるなら、それはきっといいこ
とだ。
 そうなるのなら、チョー・チョーは歓迎する。
 こちらからの声が届いているとは微塵も思っていなかったが、
そうであったらいいと心底思っていた。
 
 
 
 
 以下、「さようなら、きっとともだち」抜粋
 
       1
 
 よくからかわれている子だった。
 小刻みに頭を動かすところが面白い―そんな単純な理由では
じまっていたと記憶にある。
 最初にからかっていた頭数もクラスの少数だ。渾名をつけて

からかうのが好きな男子を中心としたものだった。そのころは
頭を動かす癖を指摘されても、カックンという渾名がつけられ
ても、気分を害した様子はなかった。むしろ冗談に乗って、頭
を振って見せたりしていたのだ。
 だから続いた。
 常態化するほど続いてしまった。
 からかう声はぐんと増え、そのころも相変わらず頭は動いて
いたし、冗談めかして笑顔で応じていた。
 やがてカックンという渾名が先に立ち、本名がすぐ思い出せ
なくなったころ、それが小刻みに頭を動かしているのではない、
と根津は気がついていた―カックンはまるでなにかをさがして
いるみたいだ。
 根津はカックンがきらいではなかった。
 むしろ好意的だ。
 カックンは根津のことを渾名で呼ばない。
 はじまりは昨年だ。名字の根津から鼠に転換し、いまチュー
助と呼ばれている。うれしい渾名ではないが、根津もカックン
同様、やはり笑ってやり過ごしていた。
 当たり前のようにチュー助と呼ばれて、当たり前のように返
事をする。

 すっかり慣れてしまったと思うのに、ときどきチュー助と呼
ばれて息が詰まるような感覚を覚えるのはどうしてか。
 その理由は頭のすみに置いておくと決めていた。
 考えても無為だし、やめてほしいと訴えて聞いてくれる相手
ではなかった。
 訴えたことはないが、そういう相手だからとあきらめがつい
ている。なぜなら、彼は―彼らはこちらがいやがっている、と
わかっているからだ。
 わかっていてそういうことができるのも、ある種の強さだろ
う。
 なにかを圧し続ければ、反動が起こるのではないかと根津は
怖くなる。
 圧されているのは根津だ。
 いやなことをされても、根津は我慢している。にこにこ笑い
ながら、だが下手な笑顔なのだ、あちらには本心が透けて見え
ているのだろう。
 その反動をもたらすには、根津が動かなければならない。
 圧され続けている根津は、反動であってもなにかを圧してし
まうのが―他人を圧するのが怖い。とても怖い。
 それを勇気や行動力だのいろいろな呼び方をするひとがいる

が、やられたからと圧し返したら、取り返しのつかないことに
なる気がした。
 あきらめながら、根津はチュー助と呼ばれている。
 根津はそうやってあきらめつつも、卒業して中学生になった
ら状況は変わるのではないか―そう期待している部分があった。
 いまの同級生たちはみんなおなじ中学校に進むが、どこで変
わるかもしれない。それまであと一年の辛抱だ。
 このところ教室でカックンが頭を動かすたびに、根津は彼の
視線の先がどこなのかをさぐっていた。それが癖になっている。
自分でも直接尋ねればいいのに、と思うものの、カックンとは
行動するグループが違ってうまくいかない。
 しかし尋ねようとも思っていないときに限って、根津はカッ
クンとふたりきりになっていた。
 学校の行事で清掃活動があり、校外に出ることになった日だ
った。
 
        ●
 
 チュー助やカックンという呼び名を好んでつける面々は、一
緒に行動していなかった。

 大きなゴミ袋を手にし、校外に散っていくジャージ姿の生徒
のなか、根津とカックンは群れを外れるようにとぼとぼと進ん
でいた。
 一番ゴミの多いといわれているエリアがあり、上級生から下
級生に連綿といい伝えられている―浮浪者も住んでるからくさ
いし、ゴミ袋もあっという間に満杯になってしまう。
 根津はほかの数人とそちらの担当になってしまい、全員で移
動していたはずが気がつくとカックンとふたりになっていた。

「先生たち、どこだろ」
「あれじゃない? あの帽子」
 カックンが生い茂った雑草のほうを指差す。背の高い草の向
こう側に、ある野球チームの帽子を被った頭が揺れている。引
率の先生は、そのチームの熱烈なファンだった。
「てきとうに拾ってればいいかなぁ」
 追いかける気にならない。先生の近くにいたら面倒なことを
頼まれそうだ、とこれまでの経験から、どうしても気乗りしな
い。
 引率の集団から距離を取り、どちらからともなくゴミを拾い
はじめた。

 ゴミはたくさん落ちていた。
 屈んで拾い、腰を上げてゴミ袋に入れる。
 残念なことに長いトングの数が足りず、大半の男子は軍手で
ゴミ拾いに勤しむことになっている。その軍手も数が合わず、
根津は素手だった。
 素手でさわると錆びた缶のざらついた感触は不愉快だったし、
水分をふくんでふくらんだ雑誌は重く、ゴミ袋に投げこむとほ
っとした。
 ゴミ拾いに出たみんなの声らしきものが、遠くから聞こえて
くる。歓声や笑い声も交じっていた。誰も彼もがゴミ拾いに勤
しんでいるわけではないようだ。
 それらの声よりも、近くで雑草が風に揺れる音のほうが大き
い。もっと大きいのはカックンの立てる音だ。
 会話もなくゴミを拾うが、なにも気詰まりではなかった。
 雑草に隠れるようにして、割れた大きな瓶が放置されていた。
のぞきこむふたりの影になっても、それの破片がするどく尖っ
ているのがわかる。
「梅酒漬けるときに使うやつだ。お母さんが持ってた」
 ぽつんと話したカックンの声は、教室で聞いたときと変わり
なく、とても小さかった。

 うなずいて、根津は大きな破片に手をのばす。地面にちらば
った破片は、そう多くなかった。大きなパーツが土にまみれて
転がっている。
 ひとつふたつと拾っていると、根津のとなりにカックンもし
ゃがみこんだ。
「ほうきないから、全部は拾えないね」
 粉々にはなっていなかったが、手で拾うには破片はこまかく
多い。
 立ち上がろうとしたとき、カックンの首が動いた。
 小刻みに動き、左右にゆらりかくりこくりと動く。
 じっと見つめた根津の視線に気づいたらしく、カックンは気
まずそうにうつむくと手元のゴミ袋を揉みしだいた。
 がしゃがしゃという音は不愉快で、根津をぐいぐいと圧した。
 音を消したくて、立ち上がった根津は口を開いていた。
「カックンって、なんかさがしてる?」
 いい終えたとき、根津は自分がカックンを圧したのだ、と自
覚していた。
 カックンは目を見開き、ややあって眼球だけを左右に動かし
た。
「見えるの? もしかして」

 いつものような小さな声。しかしいつもと違うものがある―
なにかを期待している。そんな響きが宿っていた。
「カックン、なんか見えるの?」
 カックンがまばたいた。失敗したか、と根津は後悔したが、
カックンの顔に失望が浮かぶことはなかった。
 ゆっくりカックンの顔が左右に動く。
「へんなこといってごめん、気にしないで」
「でも」
「なんでもないよ」
 嘘だとわかる。
 そしてもう尋ねるなといっている―根津はカックンに圧され
ていた。
 







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