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『奇跡の娘』(日野裕太郎・みさわりょう)

判型:文庫版 オンデマンド 120ページ 頒布価格:500円

病で頭をやられ様々なものを怖がるシオをつれ、男は王の命により歩き続ける。
それはシオが死ぬまで続く。
シオはあらゆる悪いものを背負う、シオが死ぬときは悪いものも死ぬということだ――

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中編 | 幻想 | エキゾチックファンタジー | 非業 | 中年と少女

【サンプル】

 かつてヒトはいくつかに分類された。
 神と讃えられるヒトは見えず、聞けず、ふれられず、だがか
しずかれた。
 ヒトのなかに王があり、王はまるで神のように振る舞ってい
た。
 壁と土、あるいは泥と呼ばれるヒトは虐げられ、また、ただ
ヒトと呼ばれるものは穏やかに暮らした。
 王いわく――。
 
        1 ファイ
 
 その男と少年の連れ添った姿は、正直なところはじめて見た
ときから、お近づきになりたくない印象のものだった。
 臆したかと嗤われそうで口に出せず、そろそろと気配と足音
を消して近づいていく。
 そのふたりはそろって身ぎれいで、富裕層と見て取れる。先
の町から追っている相手だ。気配と足音を殺し、そろそろと近
づきながら、彼らを富裕層と感じていることにさえ戸惑ってい
た――おそらく富裕層なら、護衛もなしに森での野宿などしな
い。

「行くぞ」
 くぐもった声で、仲間の号令がかかる。ファイが戸惑ってい
る間にも、連れは刃を抜いていた。焚き火目がけ、小走りから
疾走に変わっている。
 獲物の反応は緩慢だった。
 焚いた火を眺めてぼんやりしていたためか、ファイたち――
夜盗に囲まれたことに最初気がついていなかったようだ。
「動くな」
 数歩遅れて追いついたファイは、仲間のギンがそう恫喝する
声を聞く。どうにも普段は落ち着きがなく臆病な気質なのに、
聞こえた低音は恐ろしい響きを持っていた。
「抵抗しようと思うな」
 火に当たっていた中年の男が、まずのろのろと両手を上げた。
「おまえも手をあげろ」
 少年――それは勘違いだった。
 男の連れは少女で、だが男物の服を着ている。
 ひどく頼りなげな様子で、首をめぐらせてあたりをうかがっ
ていた。しかし賊に怯えているのとも違う。なんだか首をひね
る種類の動きだった。
 ファイは構えていた刃をわずかに下ろし、少女を観察した。

 少女の目は、最初はファイたちを見ていた。
 だがいまはもう見ていない。
 もっと後ろ、森の暗がりを見透かすようにしていた。真っ黒
な少女の目はそちらを凝視している。ファイは振り返りたくな
っていた。なにがあるのか、いるのか。なんだろう、不安に駆
られる種類のものだった。
 ファイたちの凶刃は、気がつけば男に向けられていた。女子
供は傷つけたくない、というのが本音だった。
「荷から離れろ。ふたりとも両手をあげて立つんだ、おかしな
真似をしたら……」
 ファイの連れがいい終わるより先に、少女が動いた。
 おどおどした様子で腰を上げ、周囲を見回す。ギンの荒い声
が、彼女に覆い被さるように発せられる。
「聞いているのか! 両手をあげて――」
 立ち上がった少女は両手をだらりと下げており、そこから動
きそうもなかった。
「シオ、すわって」
 両手をあげたまま、男が声をかける。そこにはこの状況にふ
わさしくない、ごく自然で静かな笑顔があった。
「すわって、だいじょうぶだから」

 動くなといっていて、すわれとは命じていない。ギンが新た
に叫ぼうというのか、息を吸いこんだとき、少女が口を開いた。
「くらい」
 高い声だ。
 警告に似ていて、そこに臆した様子はなかった。
「くらい」
 ファイをふくめ、襲いかかった全員で息を呑んでいた。
 心が現世にないものの声だ。正気でないもののそれは、ファ
イを戦慄させていた。
「だいじょうぶ、このひとたちは武器を持ってるだろう、だか
ら暗いところも怖くないんだ」
 男の説明に、少女は納得できていない顔をした。
「でも、くらい」
「平気だよ」
「くらい」
 くらい、くらいとくり返す少女を前に、ファイは混乱しつつ
あった。
 仲間たちはみな混乱しているだろう。目元の出た頭巾を被っ
た仲間たちが、その下で戸惑った顔をしているところが目に浮
かぶようだ――自分もふくめて。

「すわって、シオ、平気だから」
 根気強い声に、少女もまた戸惑った視線を泳がせる。
「たのむ、ひとりでもいいから、火の前にすわってくれないか」
 男がこちらに向けてささやいた。
「ここで走られたら、さがすのは大変なんだ」
 連れたちの反応は鈍く、しかたなくファイは前に出た。
 焚き火の前で足を崩すと、猫なで声とも取れる声色で、男は
少女に話しかけはじめる。
「ほら、暗いのが平気なひとでも、休憩してるだろう。シオも
休みなさい」
「きゅ、休憩」
「そうだ、シオが休まないと、みんな休めない」
「ぼく、休憩は……くらい……」
 緊張した声は、炎にくべられた木の枝が爆ぜる音に消えてい
く。
「休憩するんだ、シオ」
 さあ、とうながし続ける声のなか、ファイたちから殺気が薄
れ消えていく。
 少年の身なりをした少女――シオは、ややあって腰を下ろし、
ひざを抱えはじめた。ちらちらと暗がりを気にした様子ながら

燃える炎の前で緊張を解いていっている。
「ありがとう」
 男がちらりとも賊を見ずにいう。こもった疲労の色に、ファ
イはつぶやくように「かまわん」と応じていた。
 最初の印象のとおりだ。
 かかわり合いにならなければよかった。
 それが金品を奪う目的のものであっても。
 しかしこのふたり連れが、ファイたちの目指していた標的で
あることは確かなのだ。
 何日か前、近くの町で名主が動いた。
 盛大な宴が催され、おそらくこのふたりが主賓だったのだ。
 男のほうが銀行で金を下ろすところを見た、という話もあっ
た。それも大金で、なにより貴族たちでもなければ銀行など使
わない――使えない。金のやりとりをする際、専用の木札を使
うのだ。男はそれを持っていた。
 木札を手に入れられれば、どこかの下男のふりをして銀行で
金を受け取ることができる――かもしれない。
 ファイたちはすっかり覇気を失っていた。
 害意や敵意といってもいいそれらは、次第に少女がまとう雰
囲気に飲まれはじめる。おそらく尋常な状態ではない。すでに

ファイたちは理解していた。
 言葉もなく火に当たるうちに、少女はその場にうずくまって
寝息を立てはじめた。
 ほっと男が息を吐く。
 ファイが横目にした男は、賊である三人に向かって頭を下げ
た。
「すまん、助かったよ」
 ファイたちは顔を見合わせる。
「その……どういった?」
 賊のひとりであるギンが尋ねた声は、明らかな困惑をにじま
せていた。
「さっきのでわかったと思うが、ちょっと頭をやられていてね」
 寝入っている少女からは、そんな雰囲気は感じられない。だ
が男の説明に、三人はうなずいていた。
「あんたら、先の村あたりからついてきてただろう」
 男は火に新たな枝をくべる。
「気がついて?」
「まあな。ああ、俺はカオイという。この子はシオ」
「あんたらなんなんだ? 貴族じゃなさそうだが」
 ファイは賊である自分の質問に、苦い笑いがこぼれた。こん

な質問になんの意味があるのか。
「国をぐるぐるするんだ」
 男はひとさし指をくるくるとまわす。
「ぐるぐる?」
「王さまのご命令だよ。俺はこの子を連れて、国を歩きまわる」
「なにか意味があるのか」
「あるよ」
 カオイがかたわらの枝を取り、地面に丸を描いた。丸の内側
になにか描こうとし、とちゅうで枝を火に投じた。
「この子は、国をまわって悪いものを集めるんだ」
「悪いもの?」
「そう。背中にそういうのが集められる模様が……お祈りが彫
られててな、国中の悪いものを背負うんだ」
 言葉の深意を考える間にも、ファイの背を冷たいものが流れ
ていた。
「……なんだ、それは」
 賊のひとり、ココラが嫌悪のにじんだ声で応じる。身体つき
はがっしりしているが、その声で女だとカオイにも知れただろ
う。
「そんなことして、いったい」

 賊から漏れ出た問いに、カオイは短く笑っていた。
「悪いものを集めたこの子が死ぬときは、集まった悪いものも
死ぬときだからね」
 だれも返事をせず、眠っている少女に視線が集まった。
 当人を前に、ひどいことをいうものだ――聞こえたところで、
シオという少女に響くと思えないが。
「俺はこの子の付き添いだ」
 カオイはふところから木札を取り出し、賊たちの目前に突き
つけるようにした。
「王さまのお墨つきだ、路銀は潤沢だよ」
 賊たちは顔を見合わせていた。
 妙な話を聞かされている自覚とともに、現実味の薄さにどう
対するかファイは考えてしまっていた。
 悪いものを集めるという話もうさんくさいが、そんなことに
王が出資しているというのも輪をかけてうさんくさい。壁をだ
まして遊ぶつもりか。しかしシオという少女の最前の尋常でな
い様子は、どう考えても芝居の類と思えなかった。
 困惑している気配に、カオイは苦しげな笑みを浮かべる。
「あんたら、これが目当てじゃないのか?」
 言葉にせずとも、賊の視線は木札に吸い寄せられている。カ

オイはゆっくりした動作で、それをふところに戻した。
「これが手に入ったところで、あんたらに使いこなせる自信は
?」
 カオイは身体をファイたちに向ける。
 ファイたちはなにもこたえず、たがいをちらちらとうかがう
ようにしただけだった。
 賊はそろって巨躯の持ち主だ。
 顔を隠してはいるものの、通り過ぎる姿をみただけで「あれ
は壁だった」とだれもがこたえるだろう。
 壁と蔑みをこめて呼ばれ、そのように扱われる氏族だ。
「だれかの使いだとでも?」
 そろって息をついていた。
 そのつもりで動いても、たぶん銀行のものが金を渡さない。
壁はそのように扱われる。ファイたちにすれば、その実感は身
に沁みるようなものだ。
 それでももしかしたら、と思う。もしかしたら、うまくこと
が運んで金を手に入れられるかもしれない。
 そんな無謀であっても、実行しようとする状態なのだ。
 揺れる炎に照らされたシオは、ぐっすりと眠っている。
「あんたら、俺たちの護衛をしないか」

 カオイは低い声で尋ね、ふところを上から軽く叩く。
 木札の存在を誇示する動きに、ファイたちはつばを呑みこん
でいた。
 そこにはたしかに木札がある。望むままに路銀を手にするこ
とができる男が、すぐそこにいる。真実王が絡んでいようがい
まいが、もうそれはたいした問題ではなかった。
 金を引き出すことができるか、できないか。
「こいつのおかげで、路銀には困らない。雨期はまだまだ先だ
し、あちこち歩くにはいい季節だ」
 自分たちを恫喝する武器を持っていた賊たちを、カオイは満
面の笑みを浮かべて見渡していた。
「護衛の報酬の相場を俺は知らん。ふっかけてもらってかまわ
んよ」
 気楽な声に、かえってファイはカオイを警戒した。
 横に並んですわった仲間を見ると、どうやらさほど警戒して
いない――その気持ちがわかる気がした。
 だれかに雇われるなら、だれかを襲わなくてすむ。呵責はな
いが、襲わずにすむならそれに越したことはない。
 とにかくファイたちは、金がほしかった。
「俺たちは、あんたが寝てる間になにかするかもしれんぞ」

「かもしれない。でもそれとこれはべつだ」
 うなずいたカオイは、ココラを指差した。
「とくに、女のあんたにお願いしたい。色々シオの世話をする
ときに障りがあってな、女手が欲しかったんだ」
 穏やかなカオイの声を聞きながら、ファイは理由をさがして
いた。
 断る理由だ。
 このふたりの姿を見たときの印象は、ファイのなかでまだ風
化していない。
 かかわらないほうがいい。
 いますぐここを立ち去ろう。襲ってきた壁を雇うなんて酔狂
をいう男なのだ、きっと通報はしないだろう。すぐに自分たち
のことは忘れるはずだ。
 そして自分たちは、また金を持ってそうな相手をさがすのだ。
「わかった、あたしを雇ってください」
 ココラの声はいつもの平坦なものに戻っている。
「待て、話し合いを」
 制止しようにも、一度決めたらココラはもうてこでも動かな
くなることを知っている。
 雇われ、働き、臆すことなく現金を手に入れられる。

 ギンが手にしていた刀を地面に置いた。
「三人まとめては無理だ。村のこともあるし……できれば俺は
戻ろうと思う」
「なら、三人雇ったことにしてもいい。簡単に帳簿をつけるこ
とになってるが、たぶんこまかく精査なんかしないだろう」
 他人の――王の金だから、気兼ねなく使えるのだろう。国中
から集められた税金が原形だろうに、カオイはそういって退け
た。
「なあ待ってくれ、そんな簡単に決めて……」
「なんで? 雇ってくれるっていうやつがいるのに、わざわざ
ほかに襲える奴がいないかさがしまわりたいの?」
 声高になったココラの声に、眠っているシオがうなって寝返
りを打った。
 ココラは顔を覆っていた覆面を取り、カオイに向き直る。壁
と呼ばれるのは、体躯の大きさと頑丈さ所以だ。現れたのは、
好奇心の強そうな力強い目元をした若い女の顔である。ファイ
から見てもココラは器量がいい。それに驚いたのか、カオイが
息を飲むのがわかった。
「護衛の代金、あたしらも相場なんて知らないんだ。金額は保
留にしてもらえますか」

「かまわんよ」
「でも、お願いついでに、前金をこいつに持たせて帰らせたい
んだけど」
 カオイが短く笑う。代金も決まっていないのに前金を要求す
る図々しさに、まだ覆面をしたままでいるファイはそっと笑っ
ていた。
 ふところに手を入れ財布を出すと、カオイは大金を取り出し
てココラに渡した。それはそっくりギンに渡る。
「いくつか薬もあるが、持っていくか?」
 荷からちいさな包みが引っ張り出され、痛み止めや傷薬が数
種披露される。壁の三人は声を漏らしていた。薬は欲しい。金
に困っていないものなら、効き目のたしかな薬をあがなえるだ
ろう。壁の村では山野で薬草を見つくろってしのいでいるが、
薬師のつくった薬はのどから手が出るほど欲しい。
「ほかは……これといってないか」
 ギンまでも素顔をさらし、カオイににこにこと笑いかけてい
る。
 うまい話だ。
 うますぎて、ファイとしては喜べない。
 だが仲間を止める言葉も否という単純な言葉も出てこず、気

づけば覆面を取り、カオイに雇われる身の上になっていた。



















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