駄文の王様 > 日野 裕太郎/さつきの本 > 皮剥青年、化けものを拾う

image

『皮剥青年、化けものを拾う』(日野裕太郎)

判型:文庫版 オンデマンド 192ページ 頒布価格:600円

風研ぎ職人の皮剥くんは
友達と飲んだ上機嫌の帰り道
化けものを拾ってしまった

対処に困りながらも世話を焼くなか
浮いた話や沈む話が舞いこんで
気がついたときには
崖っぷちをふらふらと
歩いている状態に陥っており……

【カテゴリ】

和風 | 幻想 | 人外

【サンプル】

        1
 
 化けものを拾った。
 とはいえ、とくに危険のなさそうな相手に思われた。
 さきほどまで雨が降っていた。ちいさいそれは濡れ、ふるえ
ていて、こちらを警戒しているのがわかる。
 警邏を呼ぶか迷った挙げ句、私はそうしなかった。
 化けものを手招いてみる。それはふたつの目らしきものでで
あちらこちらをうかがい、私の方によたよたとやってきた。
 私は化けものを横目にしながら、数歩進む。
 化けものはついてきた。
 あとに続く弱い足音に耳をかたむけ、私はことさらゆっくり
と夜道を進んだ。
 ただでさえ少ない近隣の人家が消え、減る一方の街灯が途切
れるところがあり、その少し先に私の家はある。
 道が真っ暗になると、化けものは進むのに躊躇を見せた。私
はかまわず進んだ。すると足を止めていた化けものが意を決し
たのか、足音を立てて私についてくる。
 建てつけの悪い玄関の引き戸を開け、私は化けものになかを
しめした。

 化けものはおずおずと玄関に入り、私もそうする。
 来た道を一瞥すると、私が化けものと歩くところから見てい
ただろう、夜道にいくつかの白い顔が浮かび上がっていた。
 雨のときに現れる顔だ。
 もう雨は上がり、あれらはそろそろ消える頃合いで、まるで
化けものと私を見送るようだった。あれらは警邏を呼ばないし、
告げ口もしない。
 私は玄関からおもてに顔を出し、離れに明かりがついていな
いことを確認した。ずっと持っていた傘を置き、三和土で手を
二度鳴らして家の明かりをつける。
 化けものは声を上げた。そのか弱い鳴き声は、驚きをはらん
でいるように私には聞こえた。化けものは自分の両手を見、次
いで天井の明かりを見る。
 化けものの様子になんだか得意な気分になり、私はまた手を
二度鳴らす。明かりは消え、家は暗くなった。ふたたび手を鳴
らして明るくなると、化けものはきょろきょろと廊下を見回し
ていた。
 爪先にはめていた蹄鉄を玄関に落とし、私は廊下を進んだ。
 茶の間へのふすまを開け、なかを指差すと化けものはそこに
入った。

 私は流しに向かい、飯びつに残っていた白米を茶碗に盛り、
干物や漬けものを適当に皿に取って茶の間に取って返した。
 私が食べるものを、化けものも食べるのか確信はない。
 茶の間では座布団を抱えるようにし、化けものは寝息を立て
ていた。
 色々と私たちと違うようにも見えるが、衣類を身につけてい
るし、態度からして生活様式もほとんど変わらないのではない
か。目の前でそうしているように、眠ったりもするらしい。
 私は急須をかたむけ、湯飲みにすっかり冷たくなっていた茶
を注いだ。朝に支度して、そのままにしていたものである。
 化けものの衣類も、変わったかたちをしているが、私たちの
身に着けるものと大差ない気がする。印象からして女児と思し
きものだが、私は化けものの顔の判別に自信が持てなかった。

 これは雄なのか雌なのか。
 おとななのか、子供なのか。
 いまはちいさいが、大きくなったりするのか。
 食事は済ませており、とくに腹は減っていないものの、私は
手持ち無沙汰に漬けものをかじる。
 化けものに性別はないかもしれない。自分たちの尺度で測ろ

うとするのは、危険かもしれなかった。
 化けものがより一層、私にとって異様なものに変化していく
かもしれない―おなじ部屋にいることが耐えられないほどの、
異様なものに。
 一度家に上げてしまった以上、このちいさな化けものを追い
出すのはなんだか気が進まない。
 思い切って、私は化けものの頭部に生えている、さらさらと
した黒い髪にふれてみる。
 とても心地よい感触がした。短い毛に覆われた私の皮膚とだ
いぶ違う。
 化けものは頭部以外には毛が生えておらず、指先で押してみ
ると、やんわりとへこんでいった。
 つるつるしたその肌は、私の手のひらとはだいぶ違う質感だ
った。私の黒々とした手のひらはかたく艶やかにてかっている。
化けものの肌は対照的で、私は手のひらを押しつけてみた。
 私の手のひらが温められる。
 予想しなかったくらいに温かい。
 化けものというのは眠ると熱を発するのだろうか。ついさっ
き家に上がったときよりも、顔も赤くなっている。
 これは冬場に重宝しそうだ。

 冬までこの化けものが私のもとにいるのか不明だが、私は立
ち上がると隣室へのふすまを開けた。
 寝室を兼ねた私室であり、書棚と万年床が延べてある。
 万年床の横に来客用の布団を敷く。いくら化けもの相手とは
いえ、そのへんに転がしておくのはどうにもすっきりしない。
どうせ来客もなく、ここ数年しまったきりになっていたのだ。

 抱え上げても起きない化けものを運び、私もとなりの布団に
潜りこんだ。
 
        ●
 
 私は公職にある。
 空を渡る風を研ぎ澄ます職であり、それなりの待遇を約束さ
れている部署だ。
 技術職のためだろうか、頭数がいつも足りない部署でもある。
そもそもの採用率が低いのだ。
 私は昔から風研ぎに興味があり、大学を途中で抜け、職人に
弟子入りしていた。新たに学ぶことになった座学も実技も苦に
ならなかった。師匠の覚えもめでたかったと思うのは、身びい

きではないだろう―たぶん私はこの職に向いている。
 よく研がれた風は、遠くまで疾く渡る。
 二年前の品評会で銀賞をいただいてから、私の給金は上がっ
た。
 上がった分だけ、知己と飲みにいく回数が増えている。
 その日私が飲み屋で差し向かいにしたのは、仲間内で親愛を
こめ「一途」と呼んでいる蛙だ。
 藻の研究を第一線でしていたのだが、ふらりと旅に出て以来
研究から退いてしまった。求めるものがなくなった、としれっ
と彼は口にしていた。
 しかし研究者としての性分なのだろう、べつの題材に飛びつ
いていた。
 化けものだ。
 どこから来て、どんな生態で、ということがまったくわかっ
ていない。だが見れば化けものだとわかる存在だそうだ―昔そ
れをはじめて聞いたとき、私は化けものというのは便利な言葉
だな、と感じたものだった。
 彼のそれは道楽の一種に近いととらえられ、だが熱心なあま
り「一途」と呼ばれている。私もそう呼んでいる。
 彼は化けものについて聞き取り調査をし、地方地方で怪異と

されていることと化けものとの関連づけなどもしているらしい。
内容について尋ねても、そのうち本にまとめるからそのときに
感想を、とだけしか彼はいわない。
 飲み屋に先に着いていた一途くんは、私の姿が目に入ったの
だろう、のどをまるくふくらませ、げこりと挨拶した。
「皮剥くん、ひさしぶり」
「元気そうだね、一途くん」
「しょんぼりしている暇がないからね、達者な身体が資本です
よ」
 一途というあだなで呼ばれても、彼は気にした様子がない。
「お先にいただいてますよ」
「ちょっと、私もおなじものを」
 店員に声をかけると、間を置かず一途くんとおなじ熱燗が供
される。
「つまみは?」
「適当に頼んであります」
「気が利くね」
 一途くんとは食べものの好みが合う。一緒に飲むのが楽しい
相手だ。
「そりゃそうですよ、皮剥くんは気前のいい財布なんですから

このくらいさせていただきます」
 さらりといい、一途くんは猪口を軽く掲げた。
「ほめられたんだし、気前よくいい酒を頼もうか」
 一階級上の酒を頼み、おたがいぽつぽつと近況報告をする。
 一途くんのいうとおり、いわゆる財布役になるため、どうし
ても仲間内と顔を合わせるのは私が一番多くなる。
 それぞれの近況に通じやすく、彼と性の合わない鼬が、近く
さとに帰るそうだ、と私はささやくように知らせた。
「それは朗報ですね」
 一途くんは猪口の酒を一息に飲み干した。ぷは、と一息に出
された息は、酒よりも青い水のにおいが強い。
「それなら、あいつがいなくなる前に、一度顔を見てやらない
といけないね」
「見納めに?」
「そうなるかもしれない」
 性が合わないというくせに、なぜか彼と鼬はおたがいを気に
し合っている。
 帰郷の話を私にしたとき、鼬もまた最後に一途の阿呆面を見
ないとな、とうそぶいていたのだ。
 そろそろ私のいる部署は忙しくなってくる。それが落ち着き

閑散期に入ったら、一途くんたちが会する席をどこかで設けて
もいいかもしれない。私がそんなことを考えながら徳利を空に
すると、目の前の一途くんが真剣な顔をしていた。
「申しわけないのだが」
 顔の前で手を合わせ、一途くんは頭を下げる。
 察し、私はあごを引いた。
「何日くらい?」
「当面の間」
「かまわないよ。鍵の場所はわかってるだろう」
 私が了承すると、一途くんは相好を崩した。
「そんないちいち頼みこんだりしないで、好なように使えばい
いのに」
「いや、皮剥くんの嫁さんでもあるまいし、そんな真似はでき
ないよ」
 じつは一途くんは、決まった住まいを持っていない。
 反して私の住まいは、裏手に離れ―というにはおこがましい
ような建物があった。といっても、暮らすには充分だ。
 私の住まいは、何年か前に親類に譲ってもらったものである。
学徒のころには、親類が母屋に暮らし、私が離れを間借りして
いた。

 彼はしばし足を止めていたいとき、そこで寝泊まりをするの
だ。
 私の暮らす母屋を使ってもらってもかまわないのだが、そこ
までふみこむのはいやだ、というのが一途くんの弁である。
 酔漢一歩手前まで私たちはその店で酒肴を楽しみ、帰りがけ
にいくつか料理を包んでもらった。
 荷物持ちに、と包みを抱えた一途くんと店を出た。
 家に帰る途中で酒屋に寄って酒を買おう、と提案する。それ
は一途くんが離れに寝泊まりするときの、いつもの流れだった。
 店を出てすぐのところで、一途くんが足を止めた。
 湿った風が頬をなでていくなか、彼の目線の先を私も確認す
る。
「あ、あれ」
 巨大な熊がそこにいた。
 身の丈は見上げるほど高く、たいていの戸口で屈まなければ
彼は頭をぶつけてしまう。
 名を硫黄さんという。
 私の上司だ。
「皮剥くん、こんばんは」
 野太い声で挨拶し、硫黄さんは着流しに草履という、いたく

くつろいだ姿でこちらにやってくる。
「一途くん、私の上司で硫黄さんという方なんだ」
 耳打ちするようにすると、一途くんが小刻みに顔を縦に振っ
た。いささか緊張した態度である。だが硫黄さんの巨体に圧さ
れ、初対面のときこんなふうになってしまうものは少なくない。
 一途くんは私の家とは違う方向を指差す。
「野暮用が」
 上擦った声だった。
「そうなの?」
「ひ、ひととちょっと」
 そういうのだ、私は一途くんの言葉に異を唱えなかった―そ
れがあからさまに挙動不審なものであっても。
「わかった、それじゃ……」
「それじゃ」
 一途くんの大きくつるりとした目が、おどおどと動く。視線
が彼はどう見ても、硫黄さんに怯えた視線を送っていた。
「鍵の場所、変わってないから」
「ああ、うん……それじゃ、それじゃ」
 あわてた様子の一途くんは、背を向けると走って行ってしま
った。

「皮剥くん、彼は友達?」
 すでに道に一途くんの姿はない。往来を歩く人手に消え、だ
が彼の消えた先を硫黄さんは指差している。
「ええ、ひさしぶりに会って……その、野暮用があるようで」
 どうしてか立ち去ってしまった。たまたま硫黄さん居合わせ
て、その体躯に驚くものが少なくないとはえ、それを理由にし
てこんなふうに逃げ出してしまうなど起こり得るのだろうか―
との疑問を、巨躯の持ち主に直接いえない。
「硫黄さんは、これから食事でも」
「その先の総菜屋の煮つけをちょっと。家内が好きでね、おつ
かいに」
 そういわれて、包んでもらった料理を一途くんが持っていっ
てしまった、と気がついた。
 まだちょっと腹が足りないが、家にあるもので適当にすませ
よう。
「このあたりで、よく飲むの?」
「連れがいるときは、よく来ます。ひとりだともっぱら屋台か
立ち飲みで」
「いいねぇ、僕はこれだけ身体が大きいでしょう、どうしても
お店に入ると迷惑をかけるから」

 そうため息交じりにいった硫黄さんの背後、すっと白いもの
がよぎる。
 龍虫と呼ばれる顔だ。
「やっぱり雨かぁ、空気も湿っぽくなってたからね」
 すいすいと白い顔が空中にいくつも浮かぶ。のっぺりとして
いて、そこにあるように見えるのにふれることができない。
 それらは雨のときにどこからともなく現れる。不思議なこと
に、どんな豪雨であっても龍虫は濡れることがなかった。
 雨が降る前に、と挨拶をしたところで、ぽつりときた。
 硫黄さんと別れ、飲み屋街を小走りで抜ける前に、行きつけ
の店の主に声をかけられる。
 傘を貸そうという申し出をありがたく受け、濡れた地面を歩
きはじめた。
 人気のなくなったあたりで、大きな水溜まりに行き当たった。
 酒気も手伝ってか、私は水溜まりを避けずに真んなかを突っ
切る。ひづめで水を蹴るようにし、鼻歌まで出てきたところで
雨が上がっていると気がついた。
 傘を畳み、私はしっとりとした夜の空気のなか、家へと向か
っていた。
 

 
 化けものを拾ったのは、その道でのことだった。


















» 日野裕太郎作品レビュー

Amazonのレビューやtwitterでいただいた感想、とりあげていただいたブログ記事などの一覧です