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『風を織り陽を咲かせ 手業の民の物語』(日野裕太郎・ハルノブ)

判型:文庫版 オンデマンド 276ページ 頒布価格:800円

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ここではない、いまではない世界
鉄と油と歯車の栄誉からほど遠い場所

春に歌い夏に駆け、秋に笑い冬に寄り添う

そこにはひとならざるものとの境界があった
ひととひとでないもの
それは予期せぬ隣人だった

ひとならざるものとの境界を管理する祈祷師たち
彼らを取り巻く物語


過去「土着系ファンタジー」と銘打って発行した
自家製本同人誌を再録し
新作を二本収録しました


「水にひかれて」「うそつき、祈祷師になる」「淀んだ川で待っている」を再録

収録新作
「会葬」
老いた祈祷師が永眠し、私はその葬儀に立ち会いながら
村に故人の気配がないか探していた
足を止めた川のほとり、そこには接近を危ぶむような水霊がいて……。

「回想」
師であった祈祷師が亡くなった
私は返却された遺品を前にし
まるで化けもののようだった彼のことを思い出す……。

【カテゴリ】

ファンタジー | 土着 | 短編集 | 生死

【サンプル】

 会葬
 
       1
 
 からりとよく晴れた秋空の下、葬儀は取り行われた。
 参列者に見送られ、見守られ、祈祷師は埋葬された。
 棺が土に埋もれていくのを前にしても、私は嘆きや虚しさは
覚えなかった。ただ「あのひとでも死ぬのだな」としみじみす
るなか、彼の葬儀は終了した。
 その祈祷師がおさめていた村の面々は、みな悲しんで涙に濡
れていた。
 村の外から訪れた私たちなどは、悲しんでいないわけではな
いが、その嘆きに水をささないよう参列の片隅で身を縮めるば
かりだ。
 嘆く顔、顔、顔。そして涙。
 それらを眺めていた私は、ひとつゆったりと落ち着いた表情
を見つけた。
 祈祷師の弟子で、リーリという女性だ。
 私の視線に気がついた彼女は、ゆっくりとうなずくような会
釈をしてきた。

 微笑んだ彼女には師の終焉を悼む様子がなく、それは周囲の
村人たちからひどく浮いている。
 私も軽い会釈をし、彼女から目を反らした。
 そして葬儀のすみで身を縮める、連れといっていいふたつの
顔を眺めた。
 そこにある顔を覚えておくためだ。
 私を含め、誰ひとりとしてこの村の祈祷師が亡くなった、と
いうしらせを受けていない。
 村の外に向け、報が発せられることはない。
 祈祷師の死はそういうものだ。
 だが私たちは察知した。
 離れた場所で終わりを迎えた命を感じ取り、この村を訪れた。
 もしなにか有事があるなら、ここに集まった顔を頼るべきだ。
かならず頼りになるだろう。現れなかったほかのものたちは、
おそらくあてにならない。
「どうしましょうか、お弟子さんに挨拶して、私は引き上げよ
うと思うのですが」
 気遣わしげな声でいい、村人の方をうかがった祈祷師のひと
り、その頬の肉がふるりと揺れる。
「あなたは香木の村の……」

「ええ、はい、私はコーダーともうします。みなさんはいかが
なさいますか」
 そういいつつも、彼の足はこたえを待たずに動きはじめてい
る。
 つられるようにして、私たちは歩きはじめていた。
 村は静かなものだった。
 参列者たちは総出といっていい。涙を流すもの、故人の働き
をたたえるもの。たくさんの人間の声と気配がある。
 それでも静かな村だ。
 たくさんの人間がいて、静かな村。
 穏やかとも、清浄ともいえる。
 ひとの行き交う辻には色々溜まりやすく、だがそこを吹く風
はやわらかい。村を貫く小川も汚れやすいだろうに、しかし清
廉な流れだった。
 集まっていた三人の祈祷師で、ゆっくりと村を散策した。
 私の暮らす村とおなじ規模である。これといっておもしろい
ものがあるわけではない。ただ土地は肥沃で、歩いていて気分
がいい村である。
 大きな道のはじを歩き、ならんでいた建物がまばらになった
あたりで引き返す。

 私たちは周囲を見る。何度も。
 静かな村の大通りに戻ってみると、老人が声をかけてきた。
「あんたら、見かけない顔だが……よそのひとかね。センさん
の葬儀に? よく間に合ったもんだ」
 慎重な声だ。
 連なる見知らぬ顔に警戒するのは、至極当たり前である。
「ええ、ええ、ほんとうに間に合ってよかった。私どもは、よ
そで祈祷師をしているものです」
 コーダーが返事をすると、老人の顔にはっとした表情が浮か
んだ。
「センさんとおなじ、祈祷師の方々ですか。祈祷師の葬式には、
よその祈祷師が顔を出すことがあるなんて……俺のじいさんが
いってたものですが」
 老人の言葉がやわらかく丁寧になり、コーダーは忙しなくう
なずいた。
「いても立ってもいられなくなって、お邪魔してしまいました。
もしかすると、センさんがしらせに来てくれたのかもしれませ
んね……間に合ってよかった」
 そういってからコーダーはこちらを見たので、私は言葉をつ
ないだ。

「……みんな、センさんには色々勉強させていただいてました。
お見送りができてよかったです」
 私はあたりを見回す。
 弔問客である私たちを取り囲む、弔問客である村人たち。
「すこし歩かせていただきましたが、いい村ですね」
 私の言葉に、コーダーがうなずいた。
「センさんが見ていらしただけあって、ほんとうにそうです」
 村人たちが、一斉にため息を落とした。
 この村の祈祷師であったセン師は高齢で、だがかくしゃくと
した老人だった。
 私が祈祷師になったころにはすでに老人で、昨年最後に会っ
たときにも、やはり老人だった。
 明確な老いもあって、死期も近かろうと見ていたが、ほんと
うに亡くなると驚いてしまう―まさかあのセン師が亡くなるな
んて。埋葬を目にしたというのに、じつはいまも信じられない
でいる。
「あの……よそから来なすったそうですが、うちの村にはリー
リさんがいますよ」
 声をかけてきた老人が、おずおずと言葉を重ねる。
 私の背から、ロークという祈祷師が彼に応じた。

「交代の話は、自分たちも聞いていないんですよ。とりあえず、
センさんの葬式にきたんで」
 そう聞いて、老人だけでなくほかの村人もほっとした顔をし
た。
 そのうちのいくつかの顔が、一本の道の方を向く。
 そちらから男の子が駆けてきていた。
「リーリさんが、お客さんを呼んできてって」
 ちょうど話に出た、故人の弟子からの使いだった。
 少年のあとに続き、私たちはぞろぞろと歩きはじめた。
 どこを歩いても、喪に服した村人に行き当たる。そしてどこ
を歩いていても、村は静かなものだった。
 静けさに流れが現れたのは、人家がまばらになった道のさき、
一軒の家が見えてきたころだった。
 家の前には、女性が立っている。
 リーリだ。
 この村で唯一、彼女は弔問客ではない。
 喪主である彼女は、穏やかな笑みを浮かべていた。
 
 
「遠くから来ていただいてすみません、ありがとうございます


 彼女は笑い、私たちにお茶を振る舞ってくれた。
「そろそろ畑も忙しくなりませんか? 手の空く時期だったら
よかったんですが」
「いえいえそんな……村の方々はよろしいのですか、みなさん
参列してくださってましたが……もてなさなくても」
 コーダーは丁寧にいい、出された茶をすすった。
「村の誰かから聞きませんでした? さきにすませたんですよ、
死ぬ前にみんなに挨拶したいから、って。生前葬なんかするか
ら、こんなあっさり死んだのかもしれませんね」
「まあ、その……苦しむよりは」
「起こしに行ったら息をしていなくて、びっくりしました。寝
てる間にだなんて、死んだことに気づかないんじゃないかしら」
 冗談めかした彼女の声に、ロークが誰にいうでもない言葉を
落とした。
「どこにも……いらっしゃいませんでしたね」
 そのとおり。
 どこにもいなかった―さきの祈祷師の魂は、どこにも見当た
らなかった。
 村のどこかにいるのでは、となかば期待していたのだが、あ

いにくさきほどすこし歩いたていどでは、私たちは行き会うこ
とはできなかった。
「いさぎよいひとでしたから」
 弟子の声は明るい。
 セン師も明るい声で話すひとだった。
 私は温かい茶でのどを潤し、以前一緒に茶を飲んだときの故
人の表情を思い返していた。













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