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『降るよな受難と銀の悪魔』(日野裕太郎・みさわりょう)

判型:文庫版 オンデマンド 268ページ 頒布価格:800円

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いくつかの小島で形成された王国ロメオ
突如大陸に君臨しようという大国に攻め滅ぼされた

生き残ったのは王位継承者ただひとり

すべてを前ぶれなしに失った絶望は深く、身ひとつで敵国に連行されることになる

抵抗もなく諾々としたがっていたが、じつはその身に呪いを宿していて……

【カテゴリ】

ファンタジー | 美形 | 呪い | 長編 | 叛旗

【サンプル】

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 決断を迫られていた。
 いままさに、国が攻め落とされようとしている。そしてドド
ンゴは最後の王位継承者だった。
 継ぐべき国が消え失せようとしている真っ直中、石のように
口を閉ざしたドドンゴを、高圧的なまでの害意に身を包んだ聴
衆が取り囲んでいる。
 衆目が求めているものを理解しながら、ドドンゴはそこに立
っていた。
 彼らの採決を取るまでもなく、またドドンゴの意見を求める
までもなかった。
 すでにドドンゴの命運は、血に酔った彼らのなかで決まって
いる。
 自害か、処刑か。
 敵軍の将と多数の兵に囲まれたたいま、ほかの道はない。
 身体をすっぽり覆うマントの下、ドドンゴは胸のボタンを無
意識にもてあそんでいた。
 王や貴族諸侯は、すでに捕らえられたか自決したのか。大方
の予測はついてしまっていた。

 それを頭から追い出す。
 無数に取り巻く敵軍の兵たちの目が、ドドンゴの秀麗だと評
され続けた顔をにらんでいた。
 嘲りを多分に含んだ視線は、これまで出陣もしなかったドド
ンゴを罵り、いまなお自決を宣言しない不甲斐なさを嗤ってい
た。そして沈黙するドドンゴに、彼らは一様に苛立っている。

 庭園の一角、東屋めいた明るい謁見の間で、ドドンゴはひた
すら孤独だった。
 居城と呼ぶには開放的なつくりの部屋だ。赤や青のあざやか
な花で彩られ、海から吹きこむ風は潮のかおりをはらみ、さわ
やかにドドンゴの頬をなでていく。
 いつもとおなじ風のかおりに、ドドンゴはどこか救われた気
分だった。
 敵将が腰の短剣を抜き、軽い動きで放った。
 無数の血が飛んだ石の床を滑り、見事剣はドドンゴの足元で
止まる。
敵将からすれば、甲冑をまとわないドドンゴは脆弱なはずだ。。

 甲冑をまとってなお胸の厚い身体つきがうかがえる壮年のひ

げ男は、微笑みのかけらもない冷たい目をドドンゴに向けてい
た。
「王子、これまで護られてきたであろう」
 重い声。命ずることに慣れている。ドドンゴは目をほそめた。
「国は滅んだ。王家の再興などゆめゆめ思い描かれるな」
 捕らえられてから聞かされたところでは、将はダリオという
はるか東国から現れていた。彼の名までは知らない。ドドンゴ
は戦に関わることを許されなかった。子細をなにも持たないま
ま、ドドンゴをよそに置いて国が滅んでいた。
 目を伏せると、長いまつげで影ができる。その容姿が、美青
年だの美丈夫だのと形容されるものだと、当のドドンゴは知っ
ている。
 耳になじまない東国のいいまわしが、兵の垣根から聞こえた。
初耳だが、それがドドンゴを罵っているのだとわかる。
 東国ダリオは武力によって領地を広げ、ここ五十年ほどで拡
大していた。大海に浮かぶ島国ロメオで育ったドドンゴには、
武力だの戦争だのは無縁のもので、書物や伝聞にだけ存在する
ものだった。ドドンゴのみならず、国民の誰もがそうだっただ
ろう。ロメオは気候同様、のんびりした国風―だった。
 なんの布告もなく、ダリオはロメオに攻め入った。寝首をか

くのは卑怯といわないのか、と敵将に訊きたかったが、よけい
な口を聞くと即座に斬られそうな雰囲気もあって黙り続けてい
た。
 死を、と声がひとつ上がった。
 すると声は重なっていった。
 死を、死を、死を。
 まるで年に何度か訪れる嵐のようだ。
 声は部屋で逆巻き、ドドンゴにのしかかった。
 床に落ちていた短剣を手に取る。
 わきに飛んでいた血痕をあらためて確認し、指先が冷たくな
った。
 死を、と声がさらに大きくなった。罵声も混じっている。
 ドドンゴは眉をひそめた。
「死ね!」
「自害せねば顔をつぶすぞ!」
「腰抜けが!」
「男ならば戦場で死ね!」
「恥を知れ!」
 ドドンゴは短剣をながめ、それから敵将に声をかける。言葉
は怒号にかき消されたが、敵将が手を挙げ周囲を制すると、ぴ

たりと止んだ。
「……お見事で」
 拍手でも送ろうか―ドドンゴはそういう場ではないな、と考
え直した。ついでに微笑むのも止めておく。
 ひとつつぶやきを落とすと、自分が案外落ち着いていること
を自覚した。あまりに緊張し恐怖し、かえって現実味が薄い。

「王が命を落とされたのは聞いている。王妃はどうなさった」
 自分の低い声は静かだった。ドドンゴは本当に自分が話して
いるのか、すこしだけ疑っていた。
「王妃は身柄を預かっている。王妃には修道院で余生を送って
いただくことになろうが、命を奪うことはない。それは約束し
よう。さあ、王子。時間はない」
「……そうですか」
 時間とは―自害するのを待ってやる猶予のことか。ドドンゴ
はひっそりと息を落とす。
「王子、王家には姫がいると聞いていた。姉君が妹君か存じ上
げないが、どちらにおられる。姫には決して危害は加えないと
約束する。どちらにおわすか」
「侵略しているだけで、十分危害は加えているといえるのでは

?」
「いかような言葉もお受けしよう」
「ご立派ですね。いるのが姉か妹かもわからないような国に、
なんでまた攻め入ったんですか?」
「王の決断であらせられる。諸国をひとつに束ねることが、平
和への近道だと」
「そうですか」
 時間稼ぎか、と声が飛んだ。ドドンゴは声のした方に短剣を
投げる。誰に当たるでもなく、弧を描いて床に落ちる。ずいぶ
んと軽い音がした。
 身構える間もなく、敵将は剣を抜いてドドンゴの首に押し当
てていた。
 間合いはあったのに、巨躯ともいえる身体が瞬時に移動して
いた。ドドンゴは背中に鳥肌を立てる。将の位置にいるのは伊
達でない。
 首筋の冷たい感触に、ドドンゴは敵将の顔を見上げた。
「……ご自身の立場を考えられよ」
 頬にかかる敵将の息からは、血のにおいがした。


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