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『歩きながら彼女たちは』(日野裕太郎)

判型:文庫版 オンデマンド 56ページ 頒布価格:300円

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白い平穏――
果実である彼女たちは
天への供物として暮らす
廃棄された恋人の元へ
彼女は歩き出した
乾いた道へ――
恋人に捨てられ
願いをかなえる主の住処の元へ
彼女は歩き出す
歌と約束――
幼い彼女には
母への慕情を捨てられなかった
亡母の歌声が聞こえる廃屋へ
彼女は歩いて行く

クトゥルフ系怪奇譚三本収録。

【カテゴリ】

幻想 | ファンタジー | 中編 | クトゥルフ

【Amazonでレビューいただきました】

from Amazon review
  • »味のある怪奇譚が三篇
  • それぞれ異なる世界を舞台に、いずれも少女が話の中核を成す作品集。
    人間が「天」と呼ばれる巨大な生物たちにとっての単なる食糧でしかない世界を舞台にしたごく普通の娘を主人公とした「白い平穏」、魚が進化した様な怪異の主と関わった娘を主人公とした「乾いた道へ」、現代の日本を舞台に母を失った少女と謎の不定形生物との邂逅を描く「歌と約束」の、いずれも短い三つの短編から成り、それぞれ味があるが、各話にボリュームがあればなお良かった。。

    クトゥルフ系怪奇譚・・・と謳っているが、確かに、いずれもクトゥルー神話作品だと云っても通りそうな感じの作品だ。
  • By ZEPHYROS (2011年11月11日)

【ブログや掲示板で取り上げていただきました】

日野裕太郎『歩きながら彼女たちは』感想:Yuya Sakurai Official Blog
その一途な想いが痛々しく、「天」すら斥ける愛は、美しい。ラストがただただ、切なく、狂おしく。

【サンプル】

 白い平穏
 
 手をつないだ相手がもういないということが、どうしても信
じられない。
 廃棄のために隔離され、もう会うことのない彼を思って、ヌ
は涙をこぼした。
 伴侶となるべき相手を失い、この先どう生きるのか。
 いくら考えても、ヌは納得のいくこたえを見つけられなかっ
た。
 家族も友人も、誰もが憐憫のこもった目をヌに向ける。ヌは
自分がつらいと思いたくなかった。一番つらいのは彼だ。この
先誰とも接することなく、彼は朽ちなければならないのだから。
       
 彼を失って七日目、ヌは家を出た。 
 寝食を軽んじた身体は軽く、意思をまっとうする力を損なっ
ている──強い風によろめき、冷たい風にたやすく凍え、乾い
た風に痛みを覚えた。
 白い空と白い大地、白い建造物、白い道をヌは歩く。
 時折おなじように歩くひとと行き違う。
 うさんくさそうに見る彼らもまた、ぼろぼろのヌとおなじよ

うに、ひたいに角をいただいている。
 ヌたち種族の証しだ。
 ヌたちは果実だ。
 天に召し上がっていただくために、大地にふさふさと実る。
いびつなものや、弱いものはいちはやく隔離される。脆弱な果
実は天にふさわしくない。
 枝から落ちた実はどうなるか。
 廃棄される。
 静かに朽ちるのだ。
 ヌたち果実を召し上がる天は力強い。雄々しい。いくつもの
しなる腕を持ち、全身をなめらかで光沢のある鱗におおわれて
いる。
 どこから来るか──まさしく天だ。
 一度だけヌも天を見た。
 三年前のことだ。
 ヌたちの集落に天が降臨した。
 動きで空気が動くのを感じられるほどの近い場所で、ヌは天
と対峙した──天はヌを取り合わず、食事に専念していたが。

 天の食事に立ち会いながらその口に運ばれなかったヌを、誰

かが運がいいと評した。また誰かが不運だと評した。間近にい
たヌの同胞は、供される果実らしく天ののどを潤したのである。
それが常であり、そのためにヌたちはいる。
 誰にも打ち明けなかったが、ヌは天をそれ以来恐ろしく思う
ようになっていた──天はあがめられるべき存在で、恐ろしく
感じおののくのは不遜でしかない。
 天の口は大きい。
 あまりに大きく──ヌはふとした拍子に思い出す。ぞっと戦
慄し、怯えるヌをなぐさめた彼はいまはいない。
 ヌたち種族の平らな歯と違い、山のいただきのようにとがっ
た、身の毛もよだつ歯を天は持っている。天が咀嚼する間に果
実は生命を落とす。嘆いてはいけない。そのための存在だ。天
をうるおすために、果実は実る。
 白く乾いた道をヌは進む。
 雨季を前に、支度に忙しい機織りの家を通り過ぎた。
 窓辺に老婆がいた。
 果実たちのなか、もっとも老いている。老婆はヌを見て、忙
しなく瞬いた。
 種族は老いる前に、たいてい天に呑みこまれる。呑まれなか
ったものは廃棄される。

 老いた果実は用をなさない──味が落ちるといわれているの
である。しかし彼女のように、技巧に長ければべつだった。老
婆の織る布は上等だ。頑丈で美しく、ゆがみがない。後裔にも
彼女を超えるものは現れていない。
 老いてしまい、果実として無益でも、彼女の腕は有益だった。
 ヌはおさないころ、機織りの家に奉公に出た時期がある。
 織り手にヌは向いていなかった。しかし機織りで忙しい、ほ
かの奉公人たちの世話を焼くのが好きだった。細々とした世話
に動いた。だからヌは解雇された。雑用は自分でするものだ。
ヌが手を出すのはよくない。
 雇い入れたのも解雇したのも、宿舎からヌを送り出したのも、
老婆だった。記憶にある限り、そのころから老婆は老婆だった。

 ごつごつした手で老婆はヌの背を押した。
「あんたは機織りに向いてない。でも家事に向いてるね。はや
くいい縁談をまとめてもらうといい」
 老婆は道を行くヌを見ていた。彼女はヌを覚えているのだろ
うか? 毎年多くの奉公人が訪れ、多くの奉公人が辞めていく。
 解雇されたヌが、縁談を求める必要はなかった。
 おさないころから、ヌは幼馴染みである彼と添い遂げるつも

りだった。奉公先から帰されたヌに、家族は苦々しい顔を見せ
た。
 ただひとり、彼だけがヌの帰りを喜んだ。
 東の白い空、赤い閃光が現れた。
 ヌは足を止めて、それをながめる。















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