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『清く正しく忌まわしく、ゆけどもどれぬゾンビライフ』(日野裕太郎・みさわりょう)

判型:文庫版 オンデマンド 108ページ 頒布価格:500円

突如あいつらは現れた

ゾンビなのだ、と教えてくれた桃ちゃんは
噛まれてゾンビになってしまった
ほかにひともおらず
百香はゾンビの桃ちゃんと図書館で暮らす

拘束した桃ちゃんに話しかける日々のなか
ひさしぶりに出会ったのはふたりの生存者
おとなと子供、瀬尾と李は
孤独だった百香に様々なことを教えてくれて――

【カテゴリ】

中編 | ホラー | ゾンビ | 少年少女 | 終末

【サンプル】

        1
 
 世界が滅ぶとわかったら、どうするか。
 小さいときから、時々考えることがあった。
 小さいときから、そのこたえは変わっていない。
 図書館に立てこもり、余生は読書をして過ごす。
 それは実行できるなら、生命が潰えるまでの時間の使い方と
して最高のものだ、とずっと考えていた―そうなってしまうと
は、考えもしなかったが。
 図書館の二階にある窓から入り、無人の館内を進む。
 ここにはもう、ほかに立ち入ろうとする人間はいない。
 そしてなにものも入れられない。
 電気はまだ通っているが、室内を明るくすることは避けてい
た。光が外に漏れないよう暗幕を張れば、明かりを点けても問
題なさそうだ。暗がりは怖い想像をかき立てる。闇が吹き溜ま
ったところから、なにかが出てきたら、と妄想してしまう。
 そうやって明かりをどうするかと考えていると、暗い夜道を
歩いていたときに、向かいから自転車が走ってきたときのこと
を毎回思い起こす。
 自転車が明かりを点けていると、遠くからでも確認できて助

かった。
 光はよい目印だ。
 目印をつくるのが、怖い。
 暗幕を張るのはいい。しかしもしどこかに隙間ができたりし
たら。そこから明かりが漏れたら。明かりを目指して、宵闇の
なかをあれがやって来たら。暗幕のせいであれがやって来ても
わからなかったら。
 こちらの姿が隠れるということは、あちらの姿も隠してしま
う、ということだ。
 とはいえ、窓になにも覆いがないのは怖く、いまのところす
べての窓にあるブラインドは閉じられている。ブラインドのな
い窓には近寄らず、助かることにそういった窓は一階奥にある
休憩室だけだった。
 音が招くことも、光では寄って来ないことも知っている。だ
がそれがもし勘違いだったら。これまで暗いところで息を潜め
ていて助かった。それをあらためることはとても怖い。
 懐中電灯を片手に、その市立図書館の建物を上へ上へと進む。
 目指すは三階にある第二資料室だ。
 丸い懐中電灯の光のなか、第二資料室の前には運んできた机
や椅子、本をたくさん詰めこんだ段ボール箱が積み上がってい

る。
 どれも重量があり、運んでくるのは大変だった。
 第二資料室に桃ちゃんがいる。
 重い荷物は、桃ちゃんが万一ドアを破ろうとしたときの保険
だ。拘束して閉じこめているが、なにが起きるかわからない。

 どのくらい役に立つかわからないが、戻るたびにその荷物が
以前のままそこあると安心できた。桃ちゃんはどこにも行って
いない。荷物の山とドアをはさんで耳を澄ませたところで、こ
れといって音は聞こえてこなかった。
「桃ちゃん」
 いらえのようなものはなく、さらに近づいて懐中電灯を掲げ
る。第二資料室のドアには窓ガラスがあり、積み上げた荷物越
しに光を投げかける。
 ごろろ、と機嫌の悪い犬の唸り声みたいなものがかすかに聞
こえたので、懐中電灯を消す。
「桃ちゃん、ただいま」
 障害物の向こうで、桃ちゃんがどんな顔をしているのかわか
らない。この部屋に閉じこめてから半年ほど、唸る桃ちゃんの
声しか聞いていないのだ。

「今日はね、大収穫だったんだよ。野菜の種、ホームセンター
から持ってきたの」
 大きな声を出すと、桃ちゃんの―第二資料室から聞こえてく
る物音が、激しくなってしまうのだ。語りかけるときは、いつ
もささやくような声になっていた。
 ごろろーごっふふぉっ、ごろろー。
「土だったら、ここの物置にたくさんあったからさ、ほんとは
花壇に使うんだったんだろうね」
 ごろっ、ごろろー。どっす。
「どっか水やりしやすいとこで、野菜育ててみようと思うの。
育て方の本もあるんだし、できそうじゃない?」
 ごろろろろろ、ごぽ。
「できたて野菜っておいしいって聞いたことあるし、楽しみが
あったほうがいいと思うんだよね」
 ごちゅ、ろろろろろ。
 うめき声か、変な音しか聞こえてこない。あるいは床を転が
るような、重くていやな音。
 だけどそこに桃ちゃんがいてくれることは、とても大切なこ
とだった。
 ずり落ちてきていたジャージのズボンを引き上げ、第二資料

室に背を向ける。
「また桃ちゃんと、どっか出かけたいなぁ」
 ひとり歩く図書館の廊下、十歩ていどの距離で、もうなにも
耳は拾わなくなっていた。
 
        ●
 
 宝の山に囲まれたようなものだった。
 読書好きのため、楽しい眺めなのだ。
 薄暗いフロアには、たくさんの本棚が並んでいる。そしてそ
こに、たくさんの本が並んでいる。
 読破しようとしたら、どのくらい時間がかかるだろう。もし
かしたら、一生分の本があるかもしれない。
 そのなかから園芸の本を何冊か選び、屋上を目指す。
 折り畳み式のテントで基地をつくってあった。
 アウトドア好きだと聞いていた、図書館の近所のお宅にあっ
たものを、こっそり借りてきたのだ。
 小さいときからここが地元だったから、時々家族で出かける
姿を見ていた。遺伝子の脅威を感じるくらいに、両親をミック
スした三人の子供のいる家だった。

 そこはもう無人だったが、家のなかはにぎやかな色彩にあふ
れていた。ご家族に一度も挨拶をしていないことが、なんだか
もったいなくなる。
 ご家族で使っていたのだろう、借りたテントは広く、やはり
近所の家から拝借して持ちこんだ布団を敷き、なお余裕がある。
まだ豪雨や強風の日に当たっていないため、ずっと寝るときな
どはそこにいた。
 半年ほど前からずっと―この世がおかしくなってから。
 テントを手に入れるまでは、通学カバンを枕にして屋上や廊
下のかたい床で眠っていた。
 図書館に居続けるのは、ここが、本が好きだからだ。
 屋上に拠点を据えたのは、遠くまで見渡せると思ったからだ
が、浅い考えだとすぐわかった。まわりには建物がたくさんあ
って、そんなに遠くまでわかるものではなかったのだ。
 見渡せないが、屋上を気に入っている。
 もうここ以外の拠点を考えるつもりはなかった。ふとしたと
きに家に帰りたくなることもあるが、ぐっと我慢している。
 はるか上空、航空写真を撮るような高度から見下ろした街並
みは、以前となんら変わっていないかもしれない。しかし地表
に降り立ってみれば、ひどく荒廃した陰惨な街並みが広がって

いる。
 ―あの日から、この世はすっかり変わってしまった。
 死んだひとがよみがえり、生きているひとを攻撃するように
なった。
 噛みつき、引っ掻き、生きているひとの肉をむしろうとする。
食べたいのかもしれないが、よくよく確認していないからわか
らない。
 そして彼らにそうされた人間は、あちらの仲間になってしま
った。
 確かなことはなにもわかっていない。
 テレビはついても砂嵐だし、ラジオから声は聞こえず、電話
は誰も出なかった。インターネットは皆目わからず、以前図書
館にいたひとの話では、不通になっているとのことだった。
 一緒にいた桃ちゃんが、「あれってゾンビだよ」といってい
た。だからきっと、あれはゾンビなのだろう。
 あの日からずっと、桃ちゃんは近くにいてくれる。
 もう言葉も通じない。ゾンビに噛まれて、桃ちゃんはそうな
ってしまった。いまは第二資料室でひたすら唸るだけ。
 もう前と周囲は変わってしまったのだ。そう納得するのに時
間はかからず、すぐ行動に移せた。

 図書館にいるが、これが世界の終わりだと決まっていない。
 誰かが決めるわけではない。
 誰もそうだと決めてくれない。
 これが終わりなのかどうか、考えるのは怖い。
 生きているから、生きていくために、図書館から出かけてい
かなくてはならなくなった。
 外に出、食べものや手元に置いておいたほうがいい、と思う
ものを調達する。もう代金を請求するひとはいなかったし、あ
らたな物品が運びこまれることもない。
 最初は取り合いが起こったりしたようだが、それももうなく
なった。争う相手がいないのだから。
 ずっと、人間もゾンビも避けて動いた。
 気づくとまわりはゾンビだらけで、人間はひとりもいなくな
っていた。
 なにを集めたか、第二資料室のドア越しに桃ちゃんに報告す
る日々のはじまりだった。
 
        ●
 
 寒かった季節から、温かい季節に移っている。

「もう屋上はきついよねぇ」
 テントがあるとはいえ、直射日光に炙られる。熱中症の心配
をするくらいなら、様子を見て図書館内に引っこむことも視野
に入れたほうがよさそうだ。
 園芸の本を開くと、なかには以前借りたひとが書きこんだの
だろう、ボールペンの文字があった。
 達筆で、年配者の字のようだ―そこには「おかげさまで豊作
です」。
 以前ならきっと、図書館の本に書きこむなんて、と怒っただ
ろう。
 このひとはいまどうしているだろう。もしかしたら、どこか
避難所のようなものがあったり、救助される道があったりした
かもしれない。かなしい結末は考えたくなかった。
 図書館の屋上を定位置と決めてしまったが、たどり着けなか
ったほかの道はたくさんあるのだろう。
「……豊作って、いい言葉」
 書きこみのあった本を参考にすることにして、ほかの本を返
しに階下に降りる。
 一階のフロアーの暗い本棚の林で、これからどうするか考え
はじめた。

 おもてにはゾンビたちがいるから、あまりうろうろしないほ
うがいい。
 前よりは数が減っているようだが、安心できなかった。ほか
に前とおなじ状態―いわゆる普通の人間に会っていないのだ。

 近隣住民がみんなゾンビになったとするなら、膨大な数が物
陰に控えていることになる。ひっくり返した大きな石のようだ。
わらわらと出てくる虫とおなじ。
 通りを歩くのは、桃ちゃんとおなじく唸り続けるゾンビだけ
だ。
 おもてを自転車で移動できればいいのだが、それは難しい。
ほそい道から急に出現されると、転倒してこちらが怪我をしか
ねない。事故があったからなのか、自動車が道をふさぐように
なっているところも多い。
 どうしても移動は徒歩になる。
 テントを借りた家にあった大きなリュックを背負い、あたり
にゾンビがいないか確認しつつ進む。そしてリュックに入る分
量の物資を、図書館に持ち帰るのだ。
 元々、略奪に遭った形跡はいたるところにあった。ほしいも
のがあるとは限らないが、残りもののの福をさがしている。

 そんな日々だ。
 毎日けっこうな距離を歩いている。暗くなってからの移動は
怖いから、遠出しすぎたときは適当な民家に泊まることも多い。
 最初は怖々だったが、慣れるのははやかった。
 誰もいない、知らない家で勝手に過ごす。良心の呵責が薄れ
るのはあっという間だった。ただ、ふいにさみしくなることに
は慣れなかった。
 暗い本棚を見回す。
 もしここの本を全部読み終わってしまったら、ひとの家を点
々として次の図書館を目指してもいいかもしれない。
 思いつきは名案だが、胸のなかで棄却するのははやい。
 ―桃ちゃんを連れていけなさそうだから、だめだ。
 桃ちゃんのいる第二資料室のドアでさえ、もう開けられずに
いるのだ。よそに移る算段なんて立てても意味がない。
 ひとりで移動するなどありえないのだ。
 ここで桃ちゃんと暮らす。
 図書館の一階はたくさんの本棚がおさまったフロアがあり、
二階は自習室や第一資料室、三階は第二資料室や職員用の会議
室などがある。
 楽しい我が家である。

 一階から三階まで各階に停まるエレベーターがあるものの、
動く音が大きかった覚えがある。電気が来ているから動かせる
だろうが、わざわざ大きな音を立てる気はない。音を立て、ゾ
ンビを招待する気はない。
 貸し出しカウンターの周囲を、自由ほうきを持ってきて掃除
する。利用者はほかにいないのに、かき集めるとほこりはけっ
こうな量になった。
 カウンターの内側に立ち、ひとりため息をつく。
 一度図書館に戻ってしまうと、なかなか腰が重くなるのだ。
 桃ちゃんに話したように、野菜の種を植える用意をしたい。
 そのための土はおもての物置だ。深さのあるプラスチックの
植木鉢を種と一緒に持ってきたから、あとはどこで植物の栽培
をはじめるか。三階の一室のブラインドと窓を開け放っても大
丈夫だろうか。空を飛ぶゾンビに遭っていないから、そこから
なにかが入ってくることはないだろう。トイレの横の部屋を栽
培に使えば、水の運搬も楽なはず。
 ただ、土を取りにおもてに出るのが億劫だ。
 出入りには二階の窓を使う。
 昔からあるグレーの物置に乗ると、二階の窓によじ登ること
ができるのだ。

 物置には空のビールケースをふたつ重ね、踏み台として使う。
物置に乗ったら、上から棒で踏み台は崩す。万一にもゾンビが
うっかり使ったりしないよう用心している―最近はその用心は
いらない気がしているが。降りるときは物置のふちからぶら下
がり、ゆっくり降りればいい。
 振り仰いだ壁掛け時計は、午後三時をしめそうとしていた。
 本を読むか、さっそく土いじりの準備をするか。
「豊作になるかなぁ」
 園芸の本に書きこまれていた、豊作の文字。
 文字をまぶたに思い起こすと、億劫さが消えていった。あの
書きこみを見つけられたからか、豊作になる予感がある。
 にわかにやる気になり、ジャージの裾をたくし上げると、土
を取りに向かうことにした。
 
        ●
 
 園芸の本を教師に、植木鉢や図書館の道具で箱状のものも持
ってきて、栽培を開始してみた。
 温かい気候も手伝ってか、芽が出るのにかかったのは一週間
ていどだった。

 芽が出てみると、楽しくなった。
 オクラとトマトとにらとレタスを植えてある。好きな野菜ば
かりだ。
 当たり前だが、全部芽や葉のかたちが違う。それだけでも新
鮮だ。
 会議室だったそこは、土のにおいのする場所に変わっていっ
た。
 植物が育つのは楽しい。
 日に何度も会議室に出入りし、もっと栽培する量を増やそう
かと考えはじめたときに、変化はやってきた。










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